古代史探訪

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注連縄の向きが逆の神社

4拍手と注連縄の向き
 ほとんどの神社の参拝方法は「2礼、2拍手、1礼」で、注連縄の元は向って右側ですが、出雲大社・宇佐八幡宮・弥彦神社などでは4拍手で注連縄の向きも反対で左側が元になっています。
 注連縄の向きが逆の神社は本殿の背後か本殿の下が祭神もしくは子孫の墳墓になっていると私は考えています。
 ただし、戦後の歴史学者・研究家は「信仰対象の神は実在の人間ではなく、神であるので生没年もなければ、墳墓もない。」という説が殆どです。

大神神社(おおみわじんじゃ)
 奈良県桜井市三輪1422   大和の国一の宮、三輪明神。
 大神神社は、国のまほろばと称えられる大和の東南に位置する円錐形の秀麗な山、三輪山を御神体として、大物主神を祀る。
 祭神: 大物主大神、配祀: 大己貴神と少彦名神
 三輪山そのものを神体山としている神社であり、今日でも本殿をもたず、拝殿から三輪山を神体として遥拝する原始神道の形態を残している。三輪山信仰は縄文か弥生にまで遡り、多くの磐座で祭祀が行われている。
 10代祟神天皇7年に天皇が物部連の祖伊香色雄(いかがしこを)に命じ、三輪氏の祖である大田田根子を神主として大物主神を祀らせたのが始まり。日本書紀には大物主神が倭迹迹日百襲媛命に神懸かりして、神託により大物主神の子孫である大田田根子に大物主神を祀らせたとある。注連縄の向きは逆になっている。

出雲大社
 島根県出雲市大社町杵築東195
 本殿は大国主大神が西向きに鎮坐、高さ約24メ-トルの大規模な木造建築の本殿です。大社造りと呼ばれる日本最古の神社建築様式の本殿は、国宝に指定されています。本殿が八雲山を背景にした姿は、参拝者に感動を与えています。
 巨大な注連縄は向かって左側が元になっている。参拝方法2拝、4拍手、1拝。大国主の墳墓になっているので、注連縄の向きが逆で、4拍手すると私は考えています。

宇佐神宮(八幡総本宮)
 大分県宇佐市大字南宇佐字亀山2859
 本殿は国宝に指定されている。祭神は応神天皇、比売大神、神功皇后。
 参拝方法  2拝、4拍手、1拝。
 神社のある亀山は比売大神の墳墓だから4拍手するのでは? 実際に本殿前には墓が確認されている。
 道鏡事件にあたって神意を伺ったのは、皇室の祖神とされる伊勢神宮ではなく宇佐神宮でした。皇室は奈良時代以降江戸時代末期孝明天皇まで約1,100年の間に216回、ほぼ5年に1度勅使を宇佐に派遣されました。この間、奈良・京都に近い伊勢神宮には参拝すらされたことがないのに、国家の大事や天皇の即位時には宇佐神宮に勅使が必ず派遣されています。これを「宇佐使い」と呼んでいます。現在も10年に1度、勅使参向が行われています。
 宇佐和気使いが出発するときは天皇は沐浴し神宝神馬を見られ、その幣帛を拝し給うということです。

出雲国一之宮 熊野大社
 島根県八束郡八雲村熊野2451  現在は松江市。
 <主祭神>素戔嗚
 熊野大社から南へ直線で5kmの天狗山(天宮山)頂上がスサノオの磐座(墓)であり神社があったが、当地に移り出雲一之宮の熊野大社となった。
 注連縄は向かって左が元となっている。ここはスサノオの墓であり、あの世はこの世と全てが逆で、注連縄も逆になると私は考えています。参拝方法は2拝、2拍手、1拝。

弥彦神社
 新潟県西蒲原郡弥彦村弥彦2898
 越後国一之宮で弥彦山の麓にある。神社背後の弥彦山が天香山命の神陵で頂上に奥社がある。
 祭神は伊夜彦神(天香山命あるいは大屋彦命、あるいは大彦命)
 参拝方法は2拝、4拍手、1拝。

国津比古命神社
 愛媛県松山市八反地甲185
 祭神は、天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊。
 宇麻志麻治命、物部阿佐利命、誉田別命が配祀されています。
 注連縄は全て向って左側が元となっている。
 国造本紀に、風速国造は応神朝に伊香色男命の四世孫の阿佐利命を任じたといい、「続日本後紀」承和6年11月癸未条には、善友朝臣の姓を賜った伊予国人の風早直豊宗らは天神饒速日命の後裔であるとされています。当地の国造が、物部氏族を称していたことがわかります。国津比古命神社は、この国造氏によって奉斎された。
 阿佐利命が国造に任ぜられて、祖神の饒速日尊と宇麻志麻治命を祀ったことに始まり、古くは櫛玉饒速日命神社と称した。阿佐利命を合祀して国津比古命神社に改称。
 境内に櫛玉比賣命神社もあって、祭神は天道姫命と御炊屋姫命。「旧事本紀」によれば、どちらも櫛玉饒速日尊の妃です。注連縄は向って左側が元になっている。江戸期までは、櫛玉比賣命神社は、もっと南の小山の上にあったが、現在は夫婦向かい合って祀られている。
 社殿は古墳を一部削って建っています。墳丘全長75メートル、後円部径42メートル、前方部幅39メートルの前方後円墳です。社殿建立の際、後円部から勾玉と竪穴式石槨が発見された。

大山祇神社
 愛媛県今治市大三島町宮浦3327
 伊予国一之宮で瀬戸内海中央に位置する大三島にある。
 祭神は大山積神。注連縄は向って左側が元になっている。
 大三島西部にある神体山・鷲ヶ頭山(わしがとうざん437m)の麓に鎮座。ご神体の鷲ヶ頭山は磐座が多いが登れる。
 各地の山祇神社と三島神社の総本山であり、平安時代には朝廷から「日本総鎮守」の号を下賜されている。大山祇神の子孫の乎千命(おちのみこと)が仁徳天皇の時代にこの地に築いた。
 伊豫國風土記逸文には、「御嶋。坐す神の御名は大山積の神。一名は和多志の大神なり。」と記されている。山の神でありながら、渡しの神でもあり、瀬戸内海海上交通の守護神として崇敬されている。
 近代においても日本の初代総理大臣の伊藤博文、旧帝国海軍連合艦隊司令長官・山本五十六をはじめ、現在でも海上自衛隊、海上保安庁の幹部などが参拝している。
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by enki-eden | 2012-12-17 18:07