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古代史探訪 enkieden.exblog.jp

神社、遺跡めぐり   1943年生   印南神吉 (いんなみかんき)


by enki-eden
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日岡神社

 加古川市加古川町大野1775   電 079‐422‐7646   無料駐車場あります。
 3月2日(土)13:30から兵庫県立考古博物館で「加古川流域の古代文化フォーラム」の講演会がありました。演題は「川の流れと播磨国風土記」で、石野博信館長の講演です。
 私は参加申し込みを忘れてしまっていました。残念!!!

 さて、日岡神社は加古川の東岸にある丘陵に位置しています。主祭神の天伊佐佐比古命が第12代景行天皇皇后・播磨稲日大郎姫命の安産を祈願しました。その結果、無事に双子が生まれ、その弟小碓(おうす)が日本武尊(ヤマトタケル)です。安産祈願で有名な神社です。
 配祀: 豊玉比売命、鵜草葺不合命、天照皇大御神、市杵島比売命
 播磨国風土記に登場する印南別嬢(いなみのわきいらつめ)が播磨稲日大郎姫にあたると言われています。神社は730年(天平2年)の創建。延喜式神名帳には「日岡坐天伊佐佐比古神社」と記載されています。
 日岡神社に隣接している山上の日岡御陵は播磨稲日大郎姫命の陵です。播磨国風土記によると、印南別嬢は亡くなった後、日岡に築かれた墓に埋葬する事になりました。遺体を運ぶために印南川(加古川)を渡ったとき、突風が吹いて遺体が川に沈んでしまいました。捜索しましたが遺体は見つからず、櫛箱と領巾(ヒレ、肩掛け)だけが見つかりました。その二つを御陵に埋葬したそうです。
 38代天智天皇が馬に乗って山科の里まで遠出したまま帰って来ず、履いていた沓だけが後日見つかりました。その沓が落ちていた所を山陵にしたと言われています。天智天皇陵にも遺体がないのです。
     随身門(門の左右に随身・随神を安置した門)
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     義勇奉公之碑(加古郡軍人を顕彰)、随身門の左手にあります。
     碑の右横に境内社の熊野神社と住吉神社があります。
日岡神社_d0287413_1020199.jpg

     また、随身門の右手には境内社の居屋河原日岡神社(大鳥居神社)があり、
     祭神は天伊佐々彦命です。
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     社殿
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     拝殿
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     本殿
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     本殿右奥に境内社の高御位神社(祭神:大己貴命と事代主命)、
     左奥に恵美須神社(祭神:蛭子命)、天満神社(祭神:少那毘古那命と菅原道真)、
     稲荷神社(祭神:保食命)があります。
     
     絵馬
     双子の大碓と小碓(日本武尊)を産湯に入れている絵馬
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     12代景行天皇皇后で日本武尊の母の播磨稲日大郎姫の日岡御陵への道標
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     日岡御陵
日岡神社_d0287413_10313869.jpg

    北西7kmに高御位山(たかみくらやま)を望む。標高304mで播磨富士とも
    いわれる。播州の岩山で、頂上の磐座に高御位神社が鎮座。祭神は大己貴命と
    少彦名命です。大己貴命と少彦名命が高御位山に降臨したという伝承があります。
日岡神社_d0287413_10233629.jpg



印南神吉   メールはこちらへ  nigihayahi7000@yahoo.co.jp


by enki-eden | 2013-03-03 01:00