古代史探訪

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高鴨神社(たかがもじんじゃ)

 金剛山東山麓に迦毛大神を訪ねる。
 奈良県御所市鴨神1110   電: 0745-66-0609  無料駐車場あります。
 祭神:阿治須岐高日子根(あじすきたかひこね、迦毛之大御神)
    事代主命(ことしろぬしのみこと)
    阿治須岐速雄命(あじすきはやおのみこと)
    下照姫命(したてるひめのみこと)・天稚彦命(あめわかひこのみこと)

 神社の解説では、『全国鴨(加茂)社の総本宮で、弥生中期前より祭祀を行う日本最古の神社の一つです。カモはカミと同源でありカモすという言葉から派生し、気が放出しているさまを表しております。当神社の神域は鉱脈の上にあることも重なり、多くの神気が出ていることでも有名です 夏場に参拝されますと涼しく感じられるのもその為です。』とあります。
 由緒では、『この地は大和の名門の豪族である鴨の一族の発祥の地で、本社はその鴨族が守護神としていつきまつった社の一つであります。弥生中期、鴨族の一部はこの丘陵から大和平野の西南端今の御所市に移り、葛城川の岸辺に鴨都波神社を祀って水稲生活をはじめました。また東持田の地に移った一派も葛木御歳神社を中心に、同じく水稲耕作に入りました。そのため一般に本社を上鴨社、御歳神社を中鴨社、鴨都波神社を下鴨社と呼ぶようになりましたが、ともに鴨一族の神社であります。
このほか鴨の一族はひろく全国に分布し、その地で鴨族の神を祀りました。賀茂(加茂・賀毛)を郡名にするものが安芸・播磨・美濃・三河・佐渡の国にみられ、郷村名にいたっては数十におよびます。中でも京都の賀茂大社は有名ですが、本社はそれら賀茂社の総社にあたります。
 日本書紀によると、八咫烏(やたがらす)が、神武天皇を熊野から大和へ道案内したことが記されています。そして神武・綏靖・安寧の三帝は鴨族の主長の娘を后とされ、葛城山麓に葛城王朝の基礎をつくられました。この王朝は大和・河内・紀伊・山城・丹波・吉備の諸国を支配するまでに発展しましたが、わずか九代で終わり、三輪山麓に発祥した崇神天皇にはじまる大和朝廷によって滅亡しました。』とあります。


 出雲国風土記によりますと、大穴持命(大国主)の子が阿遅須枳高日子命とありますので、これが阿治須岐高日子根のことでしょう。同じく祭神の事代主も大国主の子ですが、出雲国風土記には事代主の名はありません。
 鴨氏や賀茂氏は葛城氏と密接に繋がって、葛城氏はやがて9代開化天皇の子孫の息長氏とも繋がっていきました。211年頃に神武天皇から始まって、284年頃に9代開化天皇で終わった70年間ほどの葛城王朝が後に神功皇后により復活します。
 高鴨神社の向かって左側境内に大きな池があり、「鴨」が泳いでいます。境内社も多く、左奥には西神社、右奥には東神社があります。また、日本さくら草が2千株以上も栽培されています。
 西隣に葛城の道歴史文化館があって、小さいですがくつろげます。
       文化館でもらったパンフレットの左半分
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       高鴨神社入り口の赤い鳥居
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       石の鳥居の向こうに石段があり、登ると拝殿です。
       この鳥居の右に大きな神杉があります。
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       本殿(国の重要文化財、三間社流造、檜皮葺)
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 神世の年代と場所を大まかですが仮説として表にしました。クリックするとはっきり見えます。新しい情報があり次第訂正を加えていきます。
 神話と歴史を混ぜるなとおっしゃる皆様にはご容赦願いますね!
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by enki-eden | 2013-03-12 02:00