古代史探訪

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湊川神社(みなとがわじんじゃ)

 神戸市中央区多聞通3-1-1   電:078‐371‐0001
 祭神: 楠木正成(くすのきまさしげ、大楠公)
 神紋は菊水。境内には、楠公にゆかりのあるものを納めた宝物殿があります。
 兵庫県内の神社の事務を管轄する兵庫県神社庁の事務所もあります。


       神社正面
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       宝物殿
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 社殿は、戦災によって焼失したので昭和27年に新築されました。様式は八棟造り(はちむねづくり)、鉄筋コンクリートで建てられており、戦後の新しい神社建築様式となっています。
 少し長くなりますが神社の由緒を要約しますと、楠木正成公は1294年、河内国赤坂水分(大阪府千早赤阪村)で生まれました。この地の豪族の出身だと伝えられています。
 鎌倉幕府を倒して天皇自らが政治をとり、よりよい国をつくろうとした96代後醍醐天皇(1288年~1339年)のお召しにより、1331年正成公は天皇の許に馳せ参じました。鎌倉幕府打倒に立ち上がる武士は少なくありませんでしたが、後醍醐天皇は捕らえられて隠岐島(おきのしま)に配流になります。
 しかし、その後も正成公の目覚ましい戦いぶりにより、諸国の武士は勤王軍へ加勢しました。北条氏率いる幕府軍を打倒するために各地で蜂起が相次ぎ、やがて幕府軍が敗退し、1192年から続いた鎌倉幕府は遂に1333年に滅亡してしまいます。
 京都に戻った後醍醐天皇は、幕府の統治を改め、理想の治国を実現しようとしました。これを「建武の中興(けんむのちゅうこう)」といいます。しかし新しい体制に不満を持つ者も出てきました。鎌倉幕府打倒に力を尽くした足利尊氏もそのひとりで、尊氏の謀叛によって各地で戦乱が始まりました。
 そして尊氏は、鎌倉で武家の政権を復活しようとしました。朝廷は尊氏を反逆者とみなし、新田義貞に討伐を命じます。約一年間は足利と新田の戦いが続きます。1335年、足利軍が京都を占領しますが、わずか半月ほどで正成公などの朝廷軍に破れ、尊氏は九州に落ち延びました。
 九州で西国武士を集めた尊氏は、ほどなく大軍を従えて京都に向かいます。その足利軍を防ごうと朝廷方は、新田義貞と正成公に尊氏の大軍を迎え討つことを命じました。正成公は、決死の覚悟で兵庫へ向かう途中、桜井(大阪府三島郡島本町桜井)で、子の正行(小楠公)に後事を託して別れます。
     私は子どもの頃に「唱歌 桜井の訣別」をよく歌ったことを思い出します。
       青葉茂れる桜井の  里のわたりの夕まぐれ
       木(こ)の下陰に駒とめて  世の行く末をつくづくと
       忍ぶ鎧(よろい)の袖の上(え)に  散るは涙かはた露か
 そして正成公は手兵700で会下山(えげやま)に陣の間を置きました。主力の新田軍は和田岬に陣を敷いて足利方の海上軍に備えました。
 正成公は足利尊氏の大軍と16度にわたる激しい合戦を交えますが、善戦虚しく味方はわずか73人にまでになってしまいます。もはやこれまでと覚悟した正成公は1336年5月25日に自害しました。
 明治元年、勤皇志士の強い要望もあり、明治天皇は正成公の忠義を後世に伝えるため、神社を創建するようお命じになり、千両という大金を下されました。御墓所・殉節地を含む7,232坪(現在7,666坪)を境内地と定められ、明治5年(1872年)5月24日、湊川神社が創建されたのです。
       大楠公御墓所(正門入って右手にあります)
        頼山陽・吉田松陰・坂本龍馬・高杉晋作・西郷隆盛・大久保利通・
        木戸孝允・伊藤博文など、この墓前に至誠を誓ったそうです。
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       鳥居
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       境内社の楠本稲荷神社(くすもといなりじんじゃ)
       祭神:倉稲魂命・猿田彦命・大宮女命
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       満開の桜
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       拝殿
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       拝殿内天井
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       絵馬
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     殉節地(じゅんせつち、正成公の戦没地。境内の西北隅にあります。)
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   階段を上ると、殉節地です。
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   殉節地、盛土があり、注連縄が張られています。
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 この日は3月24日日曜日で、結婚式が7組もあり、お宮参りの方も次々と訪れ、大変賑わっていました。丁度結婚式を終え、人力車に乗って神社の周りを巡るカップルを見つけました。
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by enki-eden | 2013-03-26 01:30