古代史探訪

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稲爪神社(いなづめじんじゃ)と休天神社(やすみてんじんしゃ)

 稲爪神社
 兵庫県明石市大蔵本町6‐10   電:078-911‐3143  駐車場あります。
 祭神:大山祇神(おおやまつみのかみ、神世7代目伊弉諾尊の子)、
    面足神(おもだるのかみ、神世6代目)、惶根命(かしこねのかみ、面足神の妃)。
 合祀:伊和津比売大神(宍粟市・伊和神社の伊和大神の比売神)、
    宇留命、奥津日古命、奥津比売命。

 神紋は「折敷に三文字紋」で、愛媛県今治市大三島町宮浦の大山祇神社の神紋「折敷に縮三文字」とほぼ同じです。大山祇神社の注連縄は向かって左が元になっています。稲爪神社は通常通りに右が元です。

 神社の由来
 33代推古天皇の時代(592年~628年)に不死身の鉄人を大将とした新羅の軍勢が日本に攻めてきたが、九州では退治できなかった。
 四国伊予の国司、小千益躬(おちのますみ、伊予河野氏祖先)が退治せよという命令を受け、一族の守り神・三嶋大明神(愛媛県大三島の大山祇神社)に祈ると、神が現れ「鉄人の弱みは、鎧兜で守られていない足の裏だから、これを矢で射よ」と言われた。
 益躬は、明石の浦で鉄人達が休息をした時、空が突然曇り、稲妻がおき、おどろいた馬から鉄人が落ち、足の裏を見せた。益躬は弓矢で足裏を射て鉄人達は滅んだ。
 この矢を「鬼ざしの矢」という。益躬は、神の現れたこの地へお社を建て、守護神三嶋大明神を奉って「稲妻神社」と名づけ、後に社名は稲爪神社と変わった。
 稲爪神社から東に800mの大蔵八幡町の八幡神社に稲爪神社創建者の小千益射が祀られている。
     赤のアイコンが稲爪神社、青が休天神社、黄が八幡神社


         神門
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     神門に左甚五郎作の彫刻が有り、素盞嗚大神の大蛇退治の彫刻です。
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       手洗舎の亀
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       拝殿(神紋が見えます)
       拝殿前には、「鬼ざしの矢」が立てられています。
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拝殿内にも20本の矢が見えます。拝殿内の矢と牛はお祭りの時に使われるようです。
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       本殿
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     本殿の東に稲爪浜恵比須神社(祭神:事代主神)
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     稲爪浜恵比須神社の扁額
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     稲爪浜恵比須神社の本殿
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     境内社の猿田彦神社と稲荷社
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     国道側の入口
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休天神社
 稲爪神社の北向かいに休天神社が鎮座。 兵庫県明石市大蔵天神町8‐2511
 祭神は菅原道真公。 菅公聖蹟二十五拝・第15番。
 右大臣の道真が大宰府へ権帥として左遷され、京都から大宰府への旅の途中に
 明石で休息を取りました。
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     境内には菅公が腰をかけて休んだという「菅公踞石」
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     稲爪神社南の大蔵海岸から明石海峡大橋がよく見えます。
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by enki-eden | 2013-05-14 00:15