古代史探訪

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西山古墳

 奈良県天理市杣之内(そまのうち)町西ノ山、天理中学校の北隣、天理高校の南隣で駐車場はありません。
 天理市教育委員会の説明によりますと、全長約183m、 高さ16m 、3段構築の前方後方墳。下段の前方部の幅は約72m、後方部は一辺が約94mの正方形。中段は前方後円墳の形で、前方部全長が90m、後円部径72mとなっている。上段の後円部径は30m。
 下段は前方後方墳ですが、中段と上段は前方後円墳になっており、非常に変わった形です。周囲には濠が巡っていたと思われます。
 竪穴式石室の古墳時代前期の古墳(4世紀後半)で、盗掘されているが、出土品は鏡・石鏃・鉄製刀剣類の破片、管玉、埴輪などがある。葺石と埴輪の形跡が見られる。布留川が平野部へ流れ出た南岸に築造され、要害の地を占めているものと推定される。
 前方後方墳としては最大規模で、1927年に国指定の史跡となっています。

 

 当時この地は物部氏の領地で、杣之内古墳群の中でも最も古い時期の古墳ですから埋葬者は物部氏の首長でしょう。年代的には物部武諸隅(もののべのたけもろずみ、伊香色雄の孫で10代祟神天皇に仕える。)かもしれません。
 安本美典氏が物部の十千根、大新河、武諸隅の名前を挙げて、「物部氏関係の墳墓ではないか」と言っています。大新河と十千根は伊香色雄の子で、武諸隅は大新河の子です。
    245年頃   260年頃    275年頃     290年頃出生
    おおへそき  いかがしこお  おおにいかわ  もののべのたけもろずみ
     大綜杵―――伊香色雄―――大新河―――物部武諸隅
                       とおちね
                   ―――十市根
   
     西山古墳も「夏至の日の出方向」に軸を向けています。
     前方後方墳の上に前方後円墳が乗っているのが良く分かる。



     南から見る。右(東)が後円部で左が前方部。
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     石碑
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     東から見る。細い登り道があります。
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     墳頂から西方向に二上山を望む。
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   奈良県御所市室の宮山古墳(238m)も同じように「夏至の日の出方向」
   軸を向けています。
   宮山古墳の埋葬者は武内宿禰又はその子・葛城襲津彦と考えられます。


     私が持っている一円札の武内宿禰(私見ですが、西暦310年頃出生)
     麻生太郎副総理(1940年出生)に似ていませんか? 
     年齢は1,630年も違いますが…
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by enki-eden | 2013-07-19 00:03