古代史探訪

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生國魂神社(いくくにたまじんじゃ)①

 大阪市天王寺区生玉町13-9  電:06-6771-0002  無料駐車場あります。
 祭神: 生島大神(いくしまのおおかみ)、足島大神(たるしまのおおかみ)
      相殿に大物主大神
 創建: 初代神武天皇の時代(3世紀初め)

   赤のアイコンが生國魂神社、黄が元宮(大阪城の一角)


 旧社格は官幣大社で難波大社(なにわのおおやしろ)ともいう。地元の人は生玉(いくたま)さんの通称で呼んでいます。地名も生玉町です。
 神社入り口に「難波大社 いくたまさん」と看板が出ています。
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 伝承によると、神武東征の時、神武天皇が難波碕(現在の上町台地)の先端に、日本列島そのものの神である生島大神と足島大神を祀り、国家安泰を祈願したことに始まるという。大阪最古の日本総鎮守の神社です。後に大物主大神を相殿に祀る。
 社殿は現在の大阪城の一角にあったが、1580年の石山合戦により焼失。豊臣秀吉による大坂城築城に際して、1585年に3km南南西の現在地へ遷座、秀吉は300石の社領を寄進して社殿を造営した。
 本殿は「生国魂造り」と呼ばれ、本殿・幣殿の屋根が一つの流れ造り、しかも千鳥破風、すがり唐破風・千鳥破風の三破風を据えた独特の建築様式で、桃山文化の豪壮な造りを伝えたものとされています。1615年には大坂夏の陣の兵火にかかりましたが、徳川秀忠によって再建され、これまで通り300石の社領が寄進されました。
 1912年1月の大阪ミナミの大火により焼失し、翌年再建。1945年3月の第1回大阪大空襲により焼失し、4年後に再建されたが1950年9月のジェーン台風により倒壊。社殿が何度も消失したので、1956年に鉄筋コンクリート造り銅板葺きで再建された。本殿と幣殿はひとつの屋根で葺きおろしとなっています。

 生玉夏祭が7月11日~12日に行われます。大阪天満宮の天神祭、住吉大社の住吉祭(夏祭り)とともに大阪三大夏祭として知られています。
     表参道大鳥居と社号標
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       北門
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   拝殿は回廊で幣殿・本殿に結ばれている。
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     本殿(生国魂造)
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   生国魂神社お旅所跡(元宮跡、大阪城公園)
   大阪市中央区大阪城1−1   現在でも7月12日の夏祭り本宮で神輿が渡御する。
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     道路の向こうは大阪歴史博物館。右隣はNHK。
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     大阪府警察本部
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     現在のお旅所(行宮)は、大阪市中央区本町橋8‐5にあります。


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日岡神社の亥巳籠(いみごもり)
 兵庫県加古川市加古川町大野の日岡神社で2月9日(日)、安産祈願・無病息災の「亥巳籠」が始まりました。旧正月の明けた亥の日(2月9日)から巳の日(2月15日)までの1週間、日岡幾朗宮司らが本殿に籠もり、音を出すことを禁じて朝から祈祷します。拝殿の鈴も音が出ないように柱にくくられています。
 播磨稲日大郎姫(はりまのいなびのおおいらつめ)が12代景行天皇の子・日本武尊を出産するときに、人々が安産を祈り屋内に籠って静かに暮らしたという伝承による伝統行事です。やはり日本武尊は播磨稲日大郎姫の里で生まれたのですね。なぜ播磨国風土記には記載されていないのでしょうかねぇ。
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by enki-eden | 2014-02-14 00:07