古代史探訪

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石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう、京都府八幡市)

やわたのはちまんさん、旧称は男山八幡宮。
京都府八幡(やわた)市八幡高坊(やわたたかぼう)30  電075-981-3001
山裾(下院)と山上(上院)に駐車場があります。
電車を利用すると、京阪電車の八幡市駅前から男山ケーブルで山上まで行けます。

祭神は八幡大神(はちまんおおかみ)で、
中御前に応神天皇(誉田別尊、ほんだわけのみこと)、
東御前に神功皇后(息長帯比売命、おきながたらしひめのみこと)、
西御前に比咩大神(ひめおおかみ、宗像三女神)、
(多紀理毘売命、たぎりひめのみこと)、
(市寸島姫命、いちきしまひめのみこと)、
(多岐津毘売命、たぎつひめのみこと)。
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 創建は860年、56代清和天皇(850年-881年、清和源氏の祖)の命によって八幡造りの社殿が造営され、八幡宮総本社の宇佐神宮から勧請された。
 清和天皇は第四皇子であったが、母が太政大臣藤原良房の娘・明子で、藤原氏の権力により生後8か月で立太子、9才で即位した。しかし27才になると皇子の陽成天皇(9才)に譲位、その後仏門に入る。子沢山だったので臣籍降下により清和源氏が派生し、300年後の鎌倉幕府へとつながっていく。

 石清水八幡宮は創建以来、平安京の裏鬼門(西南)を守護する王城鎮護の神で、伊勢神宮に次ぐ第二の宗廟として皇室に崇敬され、武運長久の神として清和源氏をはじめ全国の武士に信仰されてきた。宇佐神宮、筥崎宮とともに日本三大八幡宮とされる。

 また、元日の朝、宮中の四方拝において、天皇が遥拝される天皇陵や神社など12ヵ所の中に石清水八幡宮が入っている。

 13世紀の元寇の時、当社境内から打たれた矢が元軍に襲いかかり撃退したので、「国家鎮護・厄除け開運」の神様として信仰されている。その他、必勝、交通安全、安産、病気平癒、商売繁盛。

 当社の鎮座する男山(143m)は都からみて裏鬼門に位置し、鬼門に位置する比叡山延暦寺と共に都の守護、国家鎮護の社として崇敬を受けてきた。
 56代清和天皇の嫡流である源氏は八幡大神を氏神として尊崇し、源頼義(998年-1082年)は宇佐神宮から勧請して壺井八幡宮(大阪府羽曳野市)を河内源氏の氏神とした。
 頼義の子の源義家(1038年-1106年)は石清水八幡宮で元服し「八幡太郎義家」と名乗った。
 源義朝(1123年-1160年)は都から東国に下向し、子の頼朝(1147年-1199年)と鶴岡八幡宮を鎌倉に造営、更に全国に八幡大神を勧請していった。

 石清水八幡宮の現社殿は1634年に3代将軍・徳川家光(1604年-1651年)の修造によるもので、境内16棟が国の重要文化財に指定された。その内、本社10棟が国宝に指定された。

   三の鳥居
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 一ツ石、かつては競馬の出発地点であり、「勝負石」とも呼ばれる勝運の石。現在はお百度参りの地点ともされる。
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   参道の灯篭
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   手前から、手水舎、供御所、南総門。
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 供御所に末社の竈神殿(そうじんでん)が鎮座。祭神は迦具土神、彌都波能売神(みづはのめのかみ)、奥津日子神、奥津比売神、ご神徳は台所守護。
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   拝殿
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   神鳩が向き合って八幡の八を象っている。
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   拝殿内
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   本殿昇殿口
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 鬼門封じ。
 鬼門の方角(東北)を封じるために、社殿の東北の石垣を斜めに切り取った造りになっている。
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 信長塀。
 織田信長(1534年-1582年)が1580年に寄進した塀で、瓦と土を幾重にも重ね、耐火性、耐久性に優れており、本殿を囲むように築かれている。
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  摂社の水若宮社(祭神は宇治稚郎子命、良縁成就)と
  左には末社の氣比社(祭神は氣比大神、必勝)。
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 摂社の若宮殿社(祭神は応神天皇の皇女で女性の守護神、心身健康・祈願成就)
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 摂社の若宮社(祭神は16代仁徳天皇で男性の守護神、祈願成就・学業成就)
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 右に末社の貴船社(高龗神、たかおかみのかみ、雨乞水乞)と
 左に龍田社(級津彦命・級津媛命、航海安全・五穀豊穣)、その左は北総門。
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 右が末社の一童社(磯良命、漁業安全繁栄)と
 左が摂社の住吉社(底筒男命、中筒男命、表筒男命、海上安全・交通安全)、
 後方に校倉(あぜくら)。
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 右に末社の廣田社(天照大御神、勝運)、
 中央に生田社(稚日女命、心身健康・長寿)、
 左に長田社(事代主命、商売繁盛)、後方に西総門。
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 楠正成公(1294年-1336年)が1334年に必勝祈願の際に奉納した2本の楠木で樹齢700年の神木。京都府指定天然記念物。
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  末社の三女神社(宗像三女神、ご神徳は運輸・流通の安全)
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 エジソン記念碑(エジソンと男山の竹、記念碑の後方にも竹林が見える)
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 エジソンが発明した白熱灯のフィラメントに石清水八幡宮境内の真竹を使った。この竹を使用した電球は平均1,000時間以上も輝き続けた。その後セルローズによるフィラメントが発明され日本の竹は使われなくなってしまうが、それまでの十数年間、日本の竹がはるかアメリカの家庭や職場、街頭を明るく照らしていた。
 エジソンと日本、そして男山との深い縁を踏まえ、1934年に石清水八幡宮隣接地に「エジソン記念碑」が建立された。そして1958年には当宮境内に記念碑が移転され、さらに記念碑建立50年に当たる1984年に、デザインを一新し建て替えられた。
 エジソンの令嬢スローン夫人は昭和39年に当宮を訪れ、「これほど立派な記念碑はアメリカでも見たことがない」と感激された。
 当宮では、世界の発明王の遺徳を偲び、毎年エジソンの誕生日である2月11日にエジソン生誕祭、命日である10月18日にエジソン碑前祭を斎行し、記念碑前に日米両国の国歌を奉奏し、国旗を掲揚している。
 受験合格祈願の学生に人気がある。

 男山の麓(下院)には一の鳥居、頓宮殿、高良社、二の鳥居などがある。
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by enki-eden | 2016-12-02 00:46