古代史探訪

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櫨谷神社(はぜたにじんじゃ、神戸市西区)

兵庫県神戸市西区櫨谷町福谷3-1  無料駐車場あります。
祭神:
 国常立命(くにのとこたちのみこと)、
  江戸時代元禄の頃に編纂された明石藩采邑(さいゆう)私記には天香香背男命(星神)と
  なっている。
 大日孁命(おおひるめのみこと)、天児屋根命(あめのこやねのみこと)、
 建御名方命(たけみなかたのみこと)、瓊瓊杵命(ににぎのみこと)、
 吉備津彦命(きびつひこのみこと)、誉田別命(ほむたわけのみこと、15代応神天皇)。



創建:
 33代推古天皇11年(603年)9月9日に櫨谷庄の産土神として創建された。
 当社背後の杜は彗星(隕石)落下の謂れのある霊山で、当社は妙見宮と称していた。妙見信仰は神社とお寺が合体した形態だったので、明治の神仏分離令により櫨谷神社と改称した。
 明治以降の妙見神社は祭神を天御中主神(北極星)、国常立尊、北極星などとする。
 当社の彗星伝承により明石藩采邑私記には祭神に天香香背男命(星神)が記されたか。

 1989年より神戸市垂水区の海神社の兼務社として宮司・神職の奉仕を賜っている。海神社については2013年9月15日投稿の「海神社」をご参照ください。

 櫨谷の地名由来の一つに、当地は「櫨蝋(はぜろう)」の産地であったと云うものがあり、ハゼの木は450年ほど前に中国から九州に種子を輸入し栽培され始め、全国に広がった。
 縄文時代からあった漆(うるし)の木の樹液は漆器に塗る材料になったが、漆の実は絞って木蝋(もくろう、ワックス)として使われた。
 ウルシ科のハゼの実から蝋燭を作るようになったのは戦国時代末期からになる。「はせたに」の地名はそれよりずっと古いので、長谷(はせ)から櫨(はせ、はぜ)に変わったと考えられる。
 山間の細長い地域は長谷(はせ)と呼ばれることが多い。由来は奈良県桜井市の「長谷(ながたに)の初瀬(はせ、はつせ)」という枕詞から長谷(ながたに)を「はせ」と云うようになった。

   鳥居と社号標
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 階段を登ると社殿。左側の登山口から社殿背後の妙見山(168m)に登れる。
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   本殿
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   神紋は「丸に並び瓶子(ならびへいじ)」
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 源義経(1159年-1189年)が1184年の「ヒヨドリの逆落とし」の途上、一行100騎余りを当社(妙見宮)に駐屯させ本陣とした。義経が作戦を練るために腰掛けた「腰掛石」が境内にある。
   櫨谷の 杜(もり)に拝(まい)らば 神(み)を鎮(しづ)め
   みごと射止めよ 結願(けちがん)の的(まと)
 
 中央に歌碑と右に祈願石、左に腰掛石。
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 右の末社は四体末社(末社を合祀)
 右から天王大神(雨乞いの神)、
 稲荷大神(農業神・商業神・食物神・屋敷神・殖産興業神)、
 猿田彦大神(道祖神・天狗)、牛頭天王大神(疫病の神)。
 左の末社は妙見宮
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 身代わり不動
 この狛犬は1995年の阪神淡路大震災で損傷した。周辺も甚大な被害を受けたが、当社の被害は比較的少なかった。それで、損傷した狛犬さんがお守りくださったと云い伝えられ、現在は「身代わり不動」として拝殿の左側に移され鎮座している。
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 私見ですが、当社祭神の国常立命は西暦元年生まれの初代奴国王で、西暦57年に後漢に朝貢した漢委奴国王と見ています。図をクリックしてプラスマークをクリックすると拡大します。
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 国常立命については、2015年8月24日投稿の「日本書紀の神武天皇年」をご参照ください。  
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by enki-eden | 2017-05-15 00:58