古代史探訪

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宗像・沖ノ島、世界遺産に一括登録

 ユネスコの世界遺産委員会は7月8日(土)、福岡県宗像市の沖ノ島など8つの史跡全てを一括して世界文化遺産に登録することを決めた。

 「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」は、福岡県宗像市の沖ノ島と3つの岩礁、本土の宗像大社、宗像市の西隣の福津市にある新原(しんばる)・奴山(ぬやま)古墳群など8つの国指定史跡で構成する。
 宗像大社は、沖ノ島を神体とする沖津宮、大島の中津宮、本土の辺津宮(へつのみや)からなる。沖ノ島は本土から60km離れており、周囲4kmの孤島である。



 沖ノ島については、2014年2月26日投稿の「沖ノ島の祭祀」をご参照ください。
 福津市の新原・奴山古墳群は5世紀から6世紀にかけて築造され、宗像氏の墳墓と云われるが、異説もある。津屋崎古墳群の一角で、対馬見山(つしまみやま、243m)の北2kmにある。対馬見山からは大島(中津宮)が眼前に見渡せる。
 新原・奴山古墳群は前方後円墳が5基、方墳が1基、円墳が35基現存、開発により失われた古墳が18基あった。
 新原・奴山古墳群は古代の海岸沿いにあり、大島との繋がりを重視されて選ばれたようだ。

 宗像国(宗像市)は大国主命が九州の本拠地としていたところで、隣国の刺国(さしくに、福津市津屋崎)は大国主命の母・刺国若比売の国であった。両国を合わせて宗刺国・胸刺国(むなさしのくに)と云われ、つながりが深く、関東に移動して武蔵国(むさしのくに)と名付けられたと考えられる。

 沖ノ島などを事前審査をしたユネスコの諮問機関が5月に、本土側の宗像大社など4つを除外するよう求めたが、日本側の熱心な説得活動もあり、全てが一括登録となった。これで日本の世界遺産は文化遺産が17件、自然遺産が4件となる。
 
 沖ノ島は宗像と朝鮮半島の間にあり、4世紀から9世紀の外洋航路安全や交流成就を祈る国家的祭祀が行われた。
 女人禁制や入島制限が守られ、古代祭祀の変遷を示す遺跡がそのままの形で残っている。奉献品約8万点が出土し、「海の正倉院」と呼ばれている。

 考古学者の石野博信先生は、沖ノ島の国家的祭祀は戦勝祈願も重要だったのではないかと云われている。4世紀末から5世紀末にかけて倭・高句麗戦争があり、その後も日本は百済と同盟を結び、高句麗・新羅とは基本的に敵対関係にあった。
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by enki-eden | 2017-07-11 14:23