古代史探訪

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弥生末期の人口

 3世紀(弥生末期)の列島人口は60万人ほどと考えられている。その中で、倭国(北部九州28ヶ国)の人口はどれくらいになるのか。
 列島総人口の25%が倭国に住んでいたとすれば、倭国の人口は15万人ほどになる。
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 同じ3世紀の大陸は、魏、呉、蜀の三国時代で、三国の人口は合計で約500万人であった。

 魏志倭人伝記載の各国戸数は、対馬国 1,000戸、一大国(壱岐)3,000戸、末盧国(佐賀県)4,000戸、伊都国(糸島市)1,000戸、奴国(福岡市)20,000戸、不弥国(福津市・宗像市)1,000戸、投馬国(福岡県東部・大分県)50,000戸、邪馬台国(筑後川周辺地域)70,000戸となっている。
 合計すると150,000戸になる。倭国の人口が150,000人とすれば、150,000戸は150,000人のことになる。

 倭国の中心国は、末盧国、伊都国、奴国、不弥国、投馬国、邪馬台国の6ヵ国で、上記8ヶ国以外の20ヵ国は、中心国の属国か関係国で、その人口は6ヶ国の人口に含まれていると考えられる。
 私の過去の投稿で、倭国は29ヶ国と書いたが、今回は28ヵ国とした。それは魏志倭人伝に「奴国」が2度記されており、倭国の最も重要な国は「奴国」であることを示すために奴国を2度記したと考えられるからである。しかも2度目を29番目の最後に記すことで「奴国が最も重要な国」であると示唆する「筆法」だと考えられる。

 佐賀県、長崎県、福岡県、大分県の現在の人口は845万人ほどになっている。3世紀に比べると56倍にもなっている。日本全体の人口は3世紀の列島人口の208倍にもなっている。
 倭国の人口比率は、3世紀に総人口の25%、現在では7%、3世紀の列島の中心は北部九州にあった。列島の中心が4世紀には北部九州から近畿地方に移り、17世紀には関東に移り、19世紀の産業革命で人口が爆発的に増えていった。
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by enki-eden | 2017-11-11 00:06