古代史探訪

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天御中主尊(あめのみなかぬしのみこと)

 天地開闢のときに現れた五柱の神を別天津神(ことあまつかみ)と云う。天御中主尊、高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)、神皇産霊尊(かみむすひのみこと)、可美葦芽彦舅尊(うましあしかびひこじのみこと)、天常立尊(あめのとこたちのみこと)の五柱の神である。
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 私見ですが、この五柱の神は紀元前1世紀に博多周辺の地域で代々首長を務めた。揚子江周辺の江南人(倭人)の中の呉人が博多に立ち上げた国で、西暦元年に奴国として建国、初代奴国王の国常立尊(くにのとこたちのみこと、西暦元年出生)が西暦57年に後漢に朝貢し、「漢委奴国王」となった。
 王の名は書(ふみ)によって少しずつ違っている。
 2代目が豊雲野尊、3代目が宇比地邇尊(ういじにのみこと)、4代目が角杙尊(つのくいのみこと)で西暦107年に後漢に朝貢して倭王帥升となり、政治の面でも交易の面でも北部九州の28ヵ国で成り立った倭国を統率した。
 5代目が意富斗能地尊(おおとのじのみこと)、6代目が淤母陀琉尊(おもだるのみこと)、7代目が伊弉諾尊(いざなぎのみこと、西暦125年頃-190年頃)と続く。
 この時代になると、出雲系の素戔嗚命や大国主命が現れ、日本列島の広範囲に政治的・交易的な協力関係が広まってくる。

 紀元前1世紀の別天津神のなかでも天御中主尊、高皇産霊尊、神皇産霊尊は造化三神と呼ばれ、特に天御中主尊は中心的な最高位の神として重要視されている。
 天御中主尊を祀る神社は、北極星・北斗七星信仰、妙見北辰信仰、水天宮信仰と結びつけて天御中主尊を信仰している。これらの信仰は中世の神仏習合思想と共に広まったと考えられる。

 兵庫県明石市上の丸1丁目17-18の日蓮宗本松寺の西北に妙見社が鎮座、妙見尊(天之御中主神)を祀る。明治の神仏分離令により本松寺と妙見社に分かれた。
 本松寺は立派な桜、妙見社は見事なツツジで有名。
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by enki-eden | 2017-11-17 00:18