古代史探訪

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富雄丸山古墳(とみおまるやまこふん)

 奈良市丸山1丁目にある円墳の富雄丸山古墳は、円墳としては全国第1位の規模の径110mで、築造は4世紀後半頃。時期的には15代応神天皇(363年-403年)の時代である。
 墳丘表面には葺石と埴輪片があり、粘土槨の内部に6.9mの割竹形木棺と多数の副葬品が出土し、出土品は国の重要文化財に指定されている。墳丘北東部には短い造り出しがある。
 富雄丸山古墳の東側を富雄川が流れている。

  赤のアイコンが富雄丸山古墳、黄が垂仁天皇陵、青が神功皇后陵



 従来の発掘調査では2段築成の径86m、高さ10mとなっていたが、今年の奈良市教育委員会による上空からのレーザーによる三次元計測調査で、3段築成の径110m、高さ14.3mと確認され、全国で最大規模の円墳であることが分かった。これまで国内で最大とされた埼玉県行田市(ぎょうだし)の丸墓山古墳の径105mを上回った。
 出土品は石製品類、銅製品類、鉄製品類の他、三角縁画文帯五神四獣鏡、三角縁吾作銘四神四獣鏡、三角縁画像文帯盤龍鏡が出土、銅鏡は「国の重要美術品」になっている。
 被葬者は神功皇后(321年-389年)や応神天皇の大和政権と結びついた相当の有力者だったと考えられる。5.5km北東には神功皇后陵がある。
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by enki-eden | 2017-11-16 11:19