古代史探訪

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祇園神社(ぎおんじんじゃ、神戸市兵庫区上祇園町)

通称は祇園さん  神戸市兵庫区上祇園町12-1  電078-361-3450
神社裏の坂から昇ると無料駐車スペースがあります。
祭神 素戔嗚尊、櫛稲田姫命
厄除け、水難除け、疫病除け、商売繁盛、大願成就の神様として信仰されている。



 祇園山中腹に鎮座し、当社の近くを流れる「天王川」や、「天王谷」「天王橋」「天王温泉」は素戔嗚尊(牛頭天王)に由来する。
 7月の祇園祭(夏祭り)は盛大に執り行われます。

 由緒
 56代清和天皇の御代(貞観11年、西暦869年)、京の都では大雨が降り続いて川が氾濫し疫病がはやり、多くの犠牲者が出た。
 この疫病を鎮めるために、御所の2km東の北白川(左京区岡崎東天王町)に祇園さん(東天王社)を建てることになり、播磨国姫路の広峯神社より素戔嗚尊のご分霊を勧請した。
 876年頃に常住寺の円如が2km南西の八坂の地(東山区祇園町)に移し祀り祇園天神堂を建て、後に八坂神社と呼ばれるようになったと云う。

 ご分霊の神輿が姫路から京都に向かう途中、当地で一泊し、霊験あらたかなのを仰ぎ、お社を建ててお祀りしたのが当社の始まりと伝えられている。

 牛頭天王(素戔嗚尊)を祀る祇園信仰は神仏習合の名残であるが、京都の八坂神社と姫路の広峯神社がそれぞれ総本社を主張している。

   鳥居と社号標、社紋は祇園木瓜。
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   振り返ると非常に急な階段であった。
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    90段ほどの階段を登りきると真っ赤なモミジ。 この日は11月末。
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    手水舎と後ろは社務所。
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    拝殿、背後も急な山になっている。
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    祇園神社と平清盛
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    周りの山の紅葉。
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    正面の本殿(素戔嗚尊と櫛稲田姫命、疫病を治め厄を祓う神)
    向かって右の祠は皇太社(天照大神、国の平安を守る神)
    向かって左の祠は春日社(天児屋命、天照大神を助ける神)
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    猿田彦社(猿田彦命、人を導く神)
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    市杵島姫社(市杵島姫命、海・芸能の神)と白玉稲荷社(五穀豊穣と商売繁盛)
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    一願石、霊石で一つだけ真心を込めて願い事をすると必ず成就する。
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    烏原神社(からすわらじんじゃ、15代応神天皇、厄除けの神)
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by enki-eden | 2014-12-30 00:02

舞子六神社(神戸市)

兵庫県神戸市垂水区西舞子1丁目5-7  電078-781-5584  無料駐車場あります。
祭神 伊邪那岐尊(縁結び、夫婦円満、子宝)、伊邪那美尊(縁結び、家内安全、子宝)、
    天照大御神(国家安泰、五穀豊穣)、素戔男尊(海上安全、交通安全)、
    蛭子大神(商売繁盛)、月夜見尊(夜の世界を治める神、月初めの神)

 江戸時代前期に播州明石郡垂水郷山田村の6地区総鎮守として「六社大明神」の社を建て、六柱の神を祀った。明治の神仏分離令により明神号を廃止、六神社と改称した。

 明石市の岩屋神社と関係が深い。岩屋神社の古称は「六所大明神」で祭神は当社と同じ。当社は古社の岩屋神社からご分霊を勧請したという説がある。岩屋神社については2013年6月27日の投稿をご覧ください。

     赤のアイコンが舞子六神社、黄が岩屋神社、青が五色塚古墳


   明石海峡大橋のすぐ西の西舞子浜に鎮座。
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   鳥居
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   手水舎
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   拝殿、灯篭の宝珠が矛の形になっている。矛ではなく天叢雲剣という説もある。
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   本殿
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 右の戎宮(蛭子大神、商売繁盛)と左の大黒宮(大国主尊、縁結び)、石像が奉納されている。旧戎町の浜に鎮座していたが、昭和9年9月21日の室戸台風で被害を受け、当社境内に遷座。
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 本殿左の四社一宇はそれぞれの氏子地域に祀られていたが、当社境内に遷座。
 向かって右から、大歳社(豊宇気比売尊、衣食住)、白髭社(貴船大神、水の神)、
 稲荷五社(稲荷大神、商売繁盛)、菅原社(菅原大神、学業)。
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 本殿右の稲荷お松社(倉稲魂大神、五穀豊穣)
 近くの山田橋の下に祀られ「橋の下のお松さん」と親しまれていたが、当社境内に遷座。
 山田橋は山田川(舞子川)に架かる橋。
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by enki-eden | 2014-12-27 00:28

和田神社と三石神社(神戸市)

和田神社
 神戸市兵庫区和田宮通3丁目2-45  電078-652-1551 無料駐車場あります。
 祭神 天御中主大神(宇宙大元の大神)
 相殿 市杵嶋姫大神(弁天さん、陸海交通安全守護)、蛭子大神(戎さん、商漁業守護)

    ご朱印
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 神社の由緒によると、『元の神域は800m東南の海岸にあり(現・三菱重工業)、「蛭子の森」と呼ばれ、神代の昔に蛭子大神が鎮座の霊地を求めて淡路から本州に上陸した最初の地が和田岬で、蛭子大神が祀られた摂津国最古の聖地です。

 1173年に平清盛が兵庫津(神戸港)を築造した際、工事が難渋したので安芸の宮島より市杵嶋姫大神を勧請した。

 1658年に武庫川の氾濫で岡田宮(岡太神社、西宮市小松南町2丁目2-8)のご神体(天御中主大神の坐す御輿)がこの地に流れ着き種々の神異をあらわしたので、社殿を大造営し天御中主大神を主神に、市杵嶋姫大神と蛭子大神を相殿にお祀りした。

 これより後は南浜の総氏神として親しまれ、庭園は天下の名林泉として有名で諸大名が参勤交代の折に立ち寄られ、幕末には勝海舟、14代将軍家茂、15代将軍慶喜、勤皇の志士達が参拝、明治維新の一舞台となった。

 風光明媚なこの地も国策による近代化で造船所が建設され、1902年(明治35年)に現社地に遷座した。』とあります。

 三菱重工業神戸造船所の敷地内に和田岬砲台跡(国史跡)があり、勝海舟の設計で1864年完成。
    和田砲台跡(三菱重工業の資料による)
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    東の大鳥居
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    南の鳥居、奥に拝殿が見える。
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    拝殿
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    本殿
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    拝殿前の祓所
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    高倉稲荷神社(倉稲魂神)、京都伏見稲荷大社から勧請。
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    巳塚、和田神社の神使いとして古来より崇敬されてきた白蛇を祀る。
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    右の秋葉神社(忌火産霊神、いみびむすひのかみ)と
    左の猿田彦社(猿田彦神と天宇受売神)
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    宮比神社(みやびじんじゃ、大宮能咩神、大山衹神、大地主神ほか)
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三石神社(みついしじんじゃ)
 和田神社の南に隣接して三石神社が鎮座。
 神戸市兵庫区和田宮通3丁目2-51  電078-671-2531
 祭神 神功皇后、天照皇大神、素戔嗚大神
 創建は33代推古天皇の頃(7世紀初め)

   入り口の鳥居
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 拝殿。前に神功皇后と応神天皇を抱く武内宿禰の像。神功皇后は若く武内宿禰は老人として描かれるが、両者は私見では10年ほどしか違わない。
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by enki-eden | 2014-12-24 00:03

河俣神社(かわまたじんじゃ、奈良県橿原市)

高市御縣坐鴨事代主(たけちのみあがたにますかもことしろぬし)神社
奈良県橿原市雲梯町(うなてちょう)689  駐車場なし。
祭神 鴨八重事代主神
曽我川の東側に沿って鎮座、社殿は北向き。

 当社は東経135度46分27秒に鎮座、京都の賀茂御祖神社(下鴨神社)は135度46分21秒に鎮座、賀茂別雷神社(上賀茂神社)は135度45分10秒に鎮座しています。
 当社は下鴨神社のほぼ真南に位置しているので、当社が北向きであるのと関係ありそうな位置取りですね。

 地名の「雲梯、うなて」は池田末則著「奈良の地名由来辞典」によると、『雲はウナ、ウネとも読む。ウナテは田に水を引くために作った溝のこと。近くの曽我川から水路を引いて田に水を流し、再びその水を曽我川に戻す溝があったらしく、雲梯の地名はそれに由来する』とあります。



 事代主神を祀るのは御所市の鴨都波神社であるが、鴨氏(賀茂氏)と同族に近い葛城氏が5世紀に勢力を弱めると、やがて鴨氏は山城国へ移住した。
 河俣神社の鎮座する大和国高市郡は蘇我氏の支配地であるので、一部の鴨氏は勢力のある蘇我氏の地に移住して当社を祀ったのであろうか。

 出雲国造神賀詞(かんよごと)には『大名持命(大国主命)が皇御孫命(天皇)の静まります国を大倭国と申して、己(大国主命)の和魂(にぎみたま)を、八咫の鏡に取りつけて、倭の大物主櫛甕玉命と名を称えて大御和の神奈備(三輪山大神神社)に鎮座させ、
 己の御子・阿遅須伎高孫根命の御魂を葛木の鴨の神奈備(高鴨神社)に鎮座させ、
 事代主命の御魂を宇奈提(うなて、高市御縣坐鴨事代主神社)に鎮座させ、
 賀夜奈流美命の御魂を飛鳥の神奈備(飛鳥坐神社)に鎮座させて、
 皇御孫命の守護神と貢りおいて、八百丹杵築宮(出雲大社)に静まり坐しき。』とある。
   (八百丹は杵築の枕詞)

 672年の「壬申の乱」の時、大和国高市郡の郡司で高市軍の大領である高市縣主許梅(たけちのあがたぬしこめ)に当社の事代主神が神がかりし、大海人皇子(天武天皇)を守護すると神託した。この霊験により高市御縣坐鴨事代主神に神位が贈られた。

 入り口の鳥居と社号標、右手(西側)に曽我川が流れている。もう一本小さな川が曽我川に流れ込んでいるので社名を河俣としたのか。この小さな川が「雲梯」の名残りか・・・
 春は堤の桜がきれいでしょうね。
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     参道
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     二の鳥居と拝殿
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     南東2.2kmに畝傍山を望む
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     当社を詠った万葉歌
眞鳥(まとり)住む 卯名手(うなて)の神社(もり)の 菅(すが)の根を衣(きぬ)にかきつけ 着せむ子もがも       万葉集 巻7 1344

思はぬを 思ふと言はば 真鳥住む 卯名手の社(もり)の 神し知らさむ
                               万葉集 巻12 3100

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 「真鳥」は一般的には「ワシ」ですが、曽我川沿いの当社では「シラサギ」のことかもしれない。「祭神名にかけて鴨」ではないでしょうね。  
     
     
     手水舎
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     拝殿
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     拝殿左横に神籬(ひもろぎ)
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     拝殿の奥に本殿が厳重に守られている。
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by enki-eden | 2014-12-20 00:28

天高市神社(あめのたけちじんじゃ、橿原市)

奈良県橿原市曽我町659  電0744-22-5907  無料駐車場あります。
祭神 事代主命(えびす様)、品陀別命(応神天皇)、息長帯姫(神功皇后)、比売神。
神徳 商売繁盛、厄除け、安産。

 大和国高市郡(たかいちぐん)、曽我川の東に東向きに鎮座。
 本来の祭神は素戔嗚尊であるが、素戔嗚尊は境内社の八坂神社に祀られている。
 高市郡は7郷あるが、高皇産霊尊系の郷が多かったと考えられる。(巨勢、波多、遊部、檜前、久米、雲梯、賀美)

 西暦140年頃出生の高皇産霊尊は165年頃出生の饒速日尊との関係が深く、185年頃の饒速日東遷に全面的な協力をし、高皇産霊尊の子や孫、関係者を東遷に多数随伴させた。



   鳥居と社号標
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   参道
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   手水舎
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   祓戸社(祓戸大神)
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   拝殿
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 応神天皇を祀っているので、神額は八幡宮となっている。地元の人は「八幡さま」と云う。
 神額の八の字は「八幡神の神使いの鳩」が向かい合った形になっている。
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   神紋は橘
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   本殿
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   稲荷神社(稲荷大神)、境内の右に境内社が並ぶ。
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   菅原神社(菅原道真公)
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   八坂神社(素戔嗚命、厄除け)
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   秋葉神社(軻遇突神、火伏せ・火除け)
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   高良神社(高良玉垂神、健康長寿)
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by enki-eden | 2014-12-17 09:27

天太玉命神社(あめのふとたまのみことじんじゃ、橿原市)

奈良県橿原市忌部町153  電0744-21-3215  駐車場なし。
大和国高市郡忌部村、曽我川の西に鎮座。
祭神 天太玉命、大宮売命、豊石窓命、櫛石窓命

 当地は現在でも忌部町の名が示すように忌部氏(斎部氏)の本拠地であり、当社は忌部氏の祖神である天太玉命を祀る氏神であった。
 古語拾遺と先代旧事本紀によると、天太玉命は高皇産霊尊の子となっている。
 西暦185年頃の饒速日尊東遷に随伴して大和国にやってきた。

 橿原市曽我町にある曽我遺跡は、畿内を代表する古墳時代の玉作り工房跡である。5世紀後半から6世紀前半にかけて、勾玉、管玉、丸玉、小玉などの玉製品が生産された。
 発掘で出土した玉類は約80万点もあり、原材料の滑石や碧玉、緑色凝灰岩、琥珀、水晶などのほとんどが、遠方の地から大和国に搬入されたものである。玉を磨く砥石も出土している。
 この朝廷直属の玉作り工房を運営していたのは大和朝廷の祭祀を司った忌部氏で、遺跡は天太玉命神社の500m北にある。バイパス工事で見つかった。

   赤のアイコンが天太玉命神社、青が曽我遺跡(橿原バイパスと曽我川が交わる東側)


 中世には天太玉社として興福寺の配下にあったので春日神社と称していたが、近世に今の社名に戻した。

 大和朝廷の祭祀を司っていた忌部氏は中臣氏の勢力に押され衰退していったので、これを嘆いた斎部広成が忌部氏の伝承を807年に記し、51代平城天皇(774年-824年)に「古語拾遺」として奉った。

 祭神の大宮売神(おおみやめのかみ)は宮中八神殿の第六殿に祀られていた神で、古語拾遺によると天太玉命の子(天細女命)とある。市の神、食物の神で稲荷神社との関係が深い。
 豊石窓命(とよいわまど)と櫛石窓命(くしいわまど)も古語拾遺によると天太玉命の子で、門を守る天石門別神(あめのいわとわけのかみ)と云われる。
 天照大神が天岩戸を少し開けた時に岩戸を押し広げ、天照大神を引き出した手力雄命と同神という説もある。

 忌部氏については8月20日投稿の「忌部氏」をごらんください。

     鳥居と社号標
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     手水舎
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     二の鳥居と拝殿
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   拝殿から本殿を望む。 拝殿の後ろに太い楠の神木が見える。
   本殿右の境内社が玉依姫命神社(玉依姫命)、左は春日神社(天児屋根命)。
   拝殿の壁には大きな絵馬が掛かっており、天照大神が天の岩屋から出てくる場面。
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     外からは本殿の屋根が少しだけ見える。
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 拝殿の左手前に境内社の杵築神社(素戔嗚尊)。石灯篭に岡本天王社と記されているので、曽我川の東から当社境内に遷座してくる前の社名か。
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by enki-eden | 2014-12-14 00:22

村屋坐彌冨都比売神社(むらやにいますみふつひめじんじゃ)

大神神社別宮、森屋の宮、縁結びの神、延喜式内大社。
奈良県磯城郡田原本町蔵堂(くらどう)426  電0744-32-3308
  駐車場はないが、拝殿右横(東側)に車を停められる。
祭神 三穂津姫命(彌冨都比売命)、 配祀 大物主命 (夫婦神)
創建 10代崇神天皇の時代(300年頃)に伊香色雄命が三穂津姫命を祀る。
    11代垂仁天皇の時代(320年頃)に伊香色雄命の子・物部十市根命が
    大物主命を併せ祀る。
初瀬川(大和川)の西に鎮座。

   赤のアイコンが当社、
   纏向遺跡は青のアイコン、大神神社は黄、唐古・鍵遺跡は緑。


 高皇産霊尊の娘・三穂津姫命は大物主命の妃となり、当地に住んだと考えられる。島根県松江市の美保神社に三穂津姫命が祀られているが、出雲風土記に三穂津姫命の名はなく、大穴持命(大国主神)と奴奈川姫命の子・御穂須須美命が美保郷に坐すと記されているので、中世に美保神社の祭神が入れ替わったのかもしれない。

 当社の「村屋の森」(森屋の森、守屋の森)は奈良県天然記念物に指定されている。
33代推古天皇の時代(600年頃)に物部忍勝連公が当社の神主となり、現在も宮司は子孫の守屋広尚氏が務めている。
 古代の当地は纏向の西2kmにあり、物部氏の領地であったと考えられる。

 日本書紀によると、高皇産霊尊が大物主神に『お前がもし国つ神を妻とするなら、私はお前がなお心をゆるしていないと考える。それで、いまわが娘の三穂津姫をお前に娶あわせて妻とさせたい。八十万の神たちをひきつれて、永く皇孫のために守って欲しい。』と言った。
 神社の由緒によると、この故事から三穂津姫は縁結びの神、家内安全の神として信仰され、後に大物主命を合祀するようになって、大神神社の別宮と称せられる。

 672年の「壬申の乱」のとき、村屋神が神主に乗り移り、『わが社の中を敵が来る。社の「中つ道」を防げ』と大海人皇子方の大伴連吹負(ふけい)将軍に助言をした。当社は「中つ道」沿いに鎮座している。この功績によって神社として初めて位を天皇から賜った。
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  青いアイコンが村屋坐彌冨都比売神社で南北の青線が「中つ道」。
  当社の東側を初瀬川(大和川)が流れるが、元の社殿は対岸側にあった。
  2.5km東には景行天皇陵、その北には崇神天皇陵、南西には箸墓古墳がある。
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 その後も何度か位を賜り現在「正一位森屋大明神」の呼称が残っている。16世紀終わり頃に戦火に遭い社地を奪われ財源がなくなったが、1599年に52代神主大神(森本)政重によって現在の規模に縮小して再興した。

     一の鳥居
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     社頭
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     由緒書き
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   「中つ道」に面しているので道祖神(保食神)が祀られた。御幣が刻まれている。
   一般的には道祖神は猿田彦と天細女の二神を描くことが多い。
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     参道
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 参道右手に物部神社・市杵嶋姫神社(炊屋姫命、宇麻志摩遅命、物部守屋大連)の鳥居と祠が見える。神主(守屋氏)の祖神・物部守屋大連を祀ったといわれる。
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     手水舎
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     拝殿
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     本殿、向かって右が三穂津姫命(彌冨都比売命)で左が大物主命。
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 本殿の左に服部神社、服飾関係を司る。祭神は天之御中主命、天之御鉾命(機織の神)、誉田別命(応神天皇)。
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   久須須美神社(若宮恵比須神社)、
   祭神は天之久之比命(あめのくしひ、天目一箇命と同じか)と事代主命。
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 本殿の右に村屋神社(経津主神、武甕槌神、大伴健持大連、大伴室屋大連)、注連縄の向きが逆になっている。
 神社の由緒では大連の二神は壬申の乱に吉野軍の将として活躍したので天武天皇5年に合祀とある。しかし大伴健持は5世紀に活躍し、大伴室屋は5世紀後半に活躍した人だから時代が合わない。
 壬申の乱で活躍した大伴氏は大伴馬来田(まぐた)と吹負(ふけい)、御行(みゆき)と安麻呂で、吹負は将軍に任じられ大和を平定した。
 このように系図や伝承は混乱することがよくあります。
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                    *****

 12月22日(月)は冬至です。
 冬至は一年で一番昼の時間が短い日です。あくる日からは昼の時間が徐々に長くなっていくので、古代では世界中で冬至の翌日を正月にしました。
 日本の古代でも冬至の翌日を正月にしていたと考えられます。
 2014年6月14日投稿の「ヨーロッパの夏至祭と冬至祭」をご覧ください。
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by enki-eden | 2014-12-11 00:08

須佐之男神社(西宮市郷免町)

牛頭天王社と称していたが、明治になって須佐之男神社と変更。
兵庫県西宮市郷免町(ごうめんちょう)2-1  電0798-26-7609
祭神  須佐之男大神(厄除けの神)、
     天照皇大神(日の神)、
     建御名方大神(武勇の神)。
創建  江戸時代初め頃(慶長年間)
1995年の阪神淡路大震災で倒壊、その後再建。東向きに鎮座。



    南入り口の鳥居
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    階段を昇ると手水舎
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    東入り口(正面)の鳥居
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 森具(もりぐ)の宮、神社の前を西国街道(山陽道)が通っているので大名行列が休息する時に村人が道具類を守っていたので「守具」と呼ばれ、やがて「森具」に変わったと云われる。
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    末社の行者社(役行者、行の神)
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    末社の大国主神社(福の神)、高塚稲荷山に祀られていた石像を安置。
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    八幡神社(厄除けの神)
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 伊邪那美神社
   市杵島比売命(美人の神)、大歳御祖神(五穀豊穣の神)、菅原道真命(学問の神)、
   金山彦神(鉱山金物の神)、火産霊神(火の神)、事代主命(蛭子大神)
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     墳墓でしょうか。
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     拝殿、灯篭の宝珠は矛形になっている。
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     本殿(千木は外切り、鰹木は3本)
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     愛宕神社(火の神)
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by enki-eden | 2014-12-07 00:10

西宮神社(兵庫県西宮市)②

「西宮のえべっさん」、えびす宮総本社、国道43号線に面している。
えびす宮は全国に3,500社ほどある。
兵庫県西宮市社家町1-17  電0798-33-0321  無料駐車場あります。
祭神 第一殿(東) 蛭児大神(えびす大神)
    第二殿(中) 天照大御神と大国主大神
    第三殿(西) 須佐之男大神

 主祭神の蛭児命は伊弉諾尊と伊弉冉尊との間に生まれた最初の子で、体が不自由であったので葦の舟に入れて流された。当社の社伝では蛭児命は西宮に流れ着いて、海を司る神として祀られたという。
 摂津の国の海岸には、各地に蛭児命が流れ着いたという伝承があります。

 「えびすの神」は、当社のように蛭児命とする神社と、事代主命とする神社の2系統がある。そして少彦名命とする神社もある。蛭児命と事代主命の両方を祀る神社もある。
 当社は蛭児命を「えびすの神」とする神社の総本社で、事代主命を「ゑびすの神」とする神社の総本社は島根県松江市の美保神社です。事代主命系の神社は全国に3,385社ほどあり、大阪市浪速区の今宮戎神社も事代主命を祀る有名な戎神社です。

 当社の参拝者は正月三が日で50万人、十日戎三が日で100万人の人出があります。

   絵馬
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   拝殿向かいに瑞寶橋、蓬莱山水様式の神池がある。
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   島に渡ると宇賀魂神社(うがのみたまじんじゃ、宇賀御魂命)
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   祈祷殿の裏の位置に伊勢神宮遥拝所。
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   遥拝所から神池を望む。
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   市杵島神社(市杵島神)
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   神池から祈祷殿を望む。
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   松尾神社(大山咋神、住吉三前大神、猿田彦命)
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   神明神社(豊受比女神)、稲荷神も合祀して「お稲荷さん」となっている。
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   火産霊神社(ほむすびじんじゃ、火皇産霊神)、愛宕の神様。
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   百大夫神社(百大夫神)、初宮参りの時にこの神様が小児の健康を守ってくれる。
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   本殿後方一帯のえびすの森(兵庫県指定天然記念物)、大木も見える。
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 六甲山神社(菊理姫命、山を守護する神様)、六甲山頂に鎮座の石宝殿という奥宮の方向に向かって建てられている。菊理姫命は白山権現ともいう。
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   大国主西神社(大己貴命、少彦名命)
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by enki-eden | 2014-12-04 00:07