古代史探訪

enkieden.exblog.jp
ブログトップ

<   2016年 06月 ( 7 )   > この月の画像一覧

一之宮神社(兵庫県加東市)

兵庫県加東市天神601  電0795-47-0130  無料駐車場あります。
天神山の麓で南西向きに鎮座
祭神 素戔嗚大神、大国主大神、事代主大神。

 神社の由緒によると、素戔嗚命が高天原から出雲国に天降り(2世紀後半)、諸国を巡見の際、当地で休憩した事により素戔嗚命を奉祀した。その後、10代崇神天皇の御代(3世紀後半)に大国主命と事代主命を合祀した。
 中世には、一之宮牛頭天王として繁栄し、信仰の中心になった。現在の社殿は1714年に再建されたものである。



 社殿の南西向き方向は「日の出・日の入り方位の計算」で確認すると、冬至の日の入り方向とピッタリ一致しました。
d0287413_9441528.jpg

 祭神が出雲の神様だから社殿が出雲国を向いているという説もあるが、出雲国の方向は北東になるので違いますね。社殿の向きの延長線上は四国と九州北部ですから、天孫族に国譲りさせられた出雲族支配地を向いているのは間違いないようです。

   鳥居と社号標
d0287413_9452066.jpg

   拝殿
d0287413_9454542.jpg

   本殿
d0287413_946336.jpg

 本殿右には秋葉神社(右)と金刀比羅神社(左)、右奥には水天宮。
d0287413_946198.jpg

   伊勢神宮遥拝所と後方は天王山神神社
d0287413_9463568.jpg

 本殿左には左から舞殿、天満宮と大年神社、祠、稲荷神社
d0287413_9465565.jpg

d0287413_947699.jpg

[PR]
by enki-eden | 2016-06-30 05:36

グローバル資本主義の疲弊

 英国の国民投票でEU離脱が選択された。日本ではEU残留が予測されていたので、パニックとなり円高と株価暴落で市場は震撼した。
 今、世界で起きている現象は戦後70年余りのグローバル資本主義・自由主義の疲弊であると思う。1991年のソヴィエト連邦崩壊により西側世界の価値観が絶対的なものとなったが、21世紀は中国・ロシアの暴走、宗教的民族的テロ集団の強大化、政治家・企業経営者の無能力と腐敗、アメリカの求心力低下、アメリカ大統領候補トランプ氏の本音・暴言・ナショナリズム・孤立主義、そして今回の英国EU離脱・・・
 世界秩序が揺らいでいる。混乱の中から勢力を拡大し台頭するのは、独裁国家、独裁的国家、民族主義、テロ集団・過激派集団などがある。
 こんな環境でも世界に明るい未来を示し、実行できる若い指導者が出てくる可能性もある。それがなければ、21世紀は群雄割拠の不安定な世界が続くことになる。
               *****
 
 資本主義の疲弊とは関係ありませんが、「アイリッシュ・ブリゲイドの歌」をお聴きください。
 トーマス・フランシス・マハー(1823年-1867年)は、アイルランドの民族主義者で革命家としてアイルランドのイギリスからの独立の為に戦った。この時に使った旗が現在のアイルランドの国旗となっている。
 1848年に反逆罪でイギリス政府により死刑の宣告を受けるが、オーストラリアのタスマニア島に流罪となる。
 1852年、アメリカに逃亡。1861年に南北戦争(American Civil War)が始まると北軍に入り、准将まで上り詰め、アイリッシュ・ブリゲイド旅団(Irish Brigade)を組織し指揮した。南北戦争後はモンタナ・テリトリーの知事代理となった。
[PR]
by enki-eden | 2016-06-26 18:00

冬至の日の出・日の入り

 夏至(今年は6月21日)を過ぎると徐々に日照時間が少なくなっていき、冬至(今年は12月21日)になると太陽の高さが最も低くなり寒いので、古代では冬至の日に太陽の力が最も衰えると考えられていた。

 初日の出を拝む信仰は現代でも一般的であるが、冬至の日没後は翌日から日照時間が伸びていくので、冬至の日の入り信仰は「太陽の力の復活」を祈願する。
 冬至祭はヨーロッパではクリスマスに姿を変え、イランのミトラ教冬至祭儀など冬至祭は世界中で行われている。日本の神社で冬至祭を執り行っているのは百社以上あるようです。
 古代では冬至の日か翌日を新年とする場合が多く、日本の古代も冬至の翌日が元旦であった。春分と秋分を始まりとすることもあった。(春秋年)

 箸墓古墳の主軸は「夏至の日の出方向」を向いているが、日の出ラインを前方部方向に延長すると「冬至の日の入り方向」になる。
d0287413_0552452.jpg

 大阪市住吉区住吉の住吉大社は西向きで瀬戸内海方向に向いているが、当地では元々冬至の日の出を拝んでいたと考えられる。太陽パワーの復活を祈ったのでしょう。
 住吉大社では冬至の日の出が大和国と河内国の境にある二上山の二峰の間から昇る。
d0287413_0555345.jpg

 この地を治めていた豪族は海人族の田裳見宿禰(たもみのすくね、西暦320年頃出生)で、天火明命(西暦140年頃出生)の13代目の子孫と称しているが疑問もある。
 田裳見宿禰は神功皇后の新羅遠征にも従軍し、子孫の津守氏は住吉大社の宮司家として連綿と続いている。
 津守の語源は「津の守り」で港の統括を意味すると考えられる。住吉大社については2013年12月5日、8日、12日投稿の「住吉大社①」「住吉大社②」「住吉大社③」をご参照ください。

 三重県伊勢市では古くから太陽信仰があり、夏至には伊勢神宮近くの二見浦夫婦岩の中央から日が昇り、冬至の前後には伊勢神宮・内宮の宇治橋の鳥居真正面から日が昇るようになっています。
 夏至の朝日が昇る三重県伊勢志摩の二見浦夫婦岩と、夕日が沈む福岡県糸島市(怡土)志摩桜井の二見ヶ浦夫婦岩の縁で伊勢市二見町と糸島市志摩町は姉妹自治体となっている。
 猿田彦が取り持つ縁でしょうかねぇ・・・
 大分県佐伯市上浦の海岸にも豊後二見ヶ浦があり、3月上旬と10月上旬に夫婦岩の間から朝日が昇る。

 車折神社(くるまざきじんじゃ、京都市右京区嵯峨朝日町23)では、冬至から立春まで「一陽来復、いちようらいふく」のお守りが授与される。陰気を退けて陽気を迎えることで家の中が明るくなるお札です。
 一陽来復とは冬至を表す言葉で、「陰極まって一陽が生ずる」という意味です。新年になること、よくない事があっても、やがて良い事が巡ってくること。
 東京都新宿区西早稲田の穴八幡宮は一陽来復のお守りが有名で、冬至には長蛇の列ができるようです。

 神社では夏越の大祓(なごしのおおはらえ)を6月末頃に、年越しの大祓を12月末頃に行いますが、夏至と冬至の日に行うのが本来でしょうね。
 古代の暦では冬至、春分、夏至、秋分が月末になっていたのでしょう。

 次回は冬至の日の入り方向を向いた神社をご紹介します。
[PR]
by enki-eden | 2016-06-25 00:53

平城京跡に水田跡

 奈良県立橿原考古学研究所は平城京跡で水田跡が見つかったと6月23日に発表した。2,400年前(弥生時代前期)の水田跡で、5,500㎡の大きさがある。当地は奈良時代には長屋王の邸宅があった一等地である。従って和同開珎が29枚見つかっている。
 現地説明会は25日(土)に行われる。

 水田は東西方向に並行に造られた何本もの畔(あぜ)を南北方向の低く細い畔で区切った「あみだくじ」のような形をしている。500区画ほどがあり、1区画の大きさは小さい。この仕組みは弥生時代から古墳時代の水田の特徴になっており、奈良盆地での初期水田稲作の様子がうかがえる。奈良盆地北部で大規模な水田跡が見つかったのは初めてである。
 地形は東から西へ低くなる高低差があり、水を東から入れて全体に流すようになっている。近くには集落跡があったと見られる。
 朝日新聞ニュースをご覧ください。

 2014年11月9日投稿の「長屋王と吉備内親王」をご参照ください。
[PR]
by enki-eden | 2016-06-24 10:10

重力波を初観測

 古代史とは関係ありませんが、100年前にアルバート・アインシュタインが理論を展開した「重力波」がアメリカの研究チーム「LIGO(ライゴ)」によって観測・検証された。
 日米欧がその成果を競っていたが今回アメリカが一歩先んじた。重力波はアインシュタインが1916年に自らの一般相対性理論に基づいて予言していた理論です。その理論が100年後の今回、実験によって証明された。

 ブラックホールなどの重い天体が激しく動くと周りの時間や空間が歪んで波のように広がる。この歪みが重力波として伝わってくるが、非常に弱い波なので捕捉するのが困難なため、これまで実現しなかった。超新星爆発や中性子星同士の合体などで生じる重力波が検出できるという。
 LIGO(ライゴ)は昨年9月14日に重力波望遠鏡で重力波を初観測し、それは13億年前に二つのブラックホールが合体して発生した重力波だという。そして昨年12月26日にも地球から14億光年離れたところで二つのブラックホールが合体し、太陽一個分のエネルギーが重力波となって放出されたのを観測した。ブラックホールの合体は比較的頻繁に起きているようだ。

 日本ではノーベル物理学賞を受けた梶田隆章氏(東大宇宙線研究所長)らが岐阜県飛騨市神岡町(神岡鉱山)の大型低温重力波望遠鏡「KAGRA(かぐら)」で重力波の観測・検出の実証を予定している。
 電磁波は進むにつれて徐々に減退していくが、重力波は減退しない。ここに宇宙解明のカギがあるのかもしれない。重力波宇宙学として進展していくのではないか。
 また、同じく神岡鉱山内の東大宇宙線研究所のカミオカンデ(宇宙素粒子研究施設)は小柴昌俊氏のニュートリノの研究とノーベル物理学賞で有名になり、後継施設のスーパーカミオカンデも梶田隆章氏により有名になり、宇宙の研究や陽子崩壊現象を探求しています。

 私は古代人が神として認識した「偉大な存在」を宗教的な見地からだけではなく物理学・天文学の見地からも認識できれば、宇宙・神・この世・あの世・別次元がより深く理解できると確信しています。
 物理学や天文学が発展するにつれ、それが叶うのではないか。人間は4次元までしか認識できないが、異次元(0次元または5次元?)を物理学的に確認できる日が来るのではないかと期待しています。

 また、アメリカのアダム・リース氏は宇宙の膨張が加速していることを発見して、2011年にノーベル物理学賞を受賞している。NASAと欧州宇宙機関は共同で、ハッブル宇宙望遠鏡で天の川銀河から19個の銀河にある恒星までの距離を測定した結果、宇宙がこれまで考えられていたより速く膨張していることが判明した。
 この測定が正しいとすると、宇宙が膨張する速度(ハッブル定数)は73.24km/秒/メガパーセクとなる。
 この原因は未知の素粒子の影響や、重力に反発するダークエネルギーという不思議な力が銀河同士をこれまでよりも強く押し離している可能性があるようだ。ダークエネルギーは宇宙の全物質の74%を占めているが、その本質はまだ解明されていない。
 宇宙の膨張は重力によって膨張速度は鈍ることになるが、実際には速度は加速している。ダークエネルギーによって、重力に反して膨張が加速している。
             *****
パスカルの賭け
 「パスカルの定理」などで有名なフランスの哲学者・数学者ブレーズ・パスカル(1623年-1662年)は10才にもならない頃に、三角形の内角の和が180°であることを証明した天才だった。

 短命だったパスカルの死後に残された遺稿・メモが「パンセ」として出版された。「パンセ」の中で、「人間は考える葦である」という名文句や「パスカルの賭け」などについて述べられている。

 「パスカルの賭け」では、神の実在は人間にとって証明不能だから、神を信じるか信じないかは一種の賭けだとパスカルは考えた。
 人は神が存在「する」のか「しない」のかのどちらにも賭けられる。そして賭けをするなら、勝ったときに得るものと負けたときに失うものを考えるべきだという。
 神が存在する方に賭けて勝った場合、あの世で永遠の幸福を手に入れられる。賭けに負けた場合は死んだあとに失うものはない。
 一方、神が存在しない方に賭けて勝った場合、死んだあとに得るものはなく、何も起こらない。しかし、賭けに負けた場合は永遠の罰を受けることになる。

 パスカルは神が存在する方に賭けるという判断が賢いと主張した。神の存在を証明できなくても神を信仰することが信仰しないよりも優位であると考えた。神が存在するなら永遠の命が与えられ、存在しない場合でも失うものは何もない。

 この説に対して、世界には様々な神が信仰されているので、間違った神を信じた場合にこの賭けは成り立たないと反論する人がいる。
 また、「神は存在しない」と主張する人は、信仰しない方が良い人生を送れると云う。

 私はパスカルの賭けをしませんが、偉大な存在・神を感じています。更に、宗教的だけではなく物理学的にも天文学的にも偉大な存在が立証されることを期待し、自分でも研究しています。
[PR]
by enki-eden | 2016-06-19 00:26

木梨神社(こなしじんじゃ、兵庫県加東市)

兵庫県加東市藤田473  電0795-42-0269  無料駐車場あります。
播磨国賀茂郡鎮座、式内社。
中国自動車道のすぐ北にあり、鳥居と社殿の間を中国自動車道が通っている。

祭神 八十枉津日神、大直日神、神直日神、
   底津少童神、中津少童神、表津少童神、
   底筒之男神、中筒之男神、表筒之男神。



 崇神天皇の時代(3世紀末~4世紀始め)に物部八十手(やそて)が八十枉津日神(やそまがつひのかみ)を祀る。物部八十手は9代開化天皇と10代崇神天皇に仕えた伊香色雄(いかがしこお)の率いる集団か。

 その後、9代開化天皇の第三皇子・彦坐王(ひこいますのみこ)が丹波の賊を征伐した時、当地において神託があり神社を創建したと云われる。

 社号の「木梨」は19代允恭天皇の第一皇子・木梨軽皇子(きなしのかるのみこ)が幣帛をささげたことによると云う。

 延喜22年(西暦922年、60代醍醐天皇の時代)、将軍多田満仲が社殿再建。

 祭神の九柱の神は日本書紀によると、伊弉諾尊が黄泉の国から帰って、筑紫の日向の川の落ち口の、橘の檍原(あわきはら)で祓をした時に、生まれた神が八十枉津日神(やそまがつひのかみ)、次に神直日神(かんなおひのかみ)、次に大直日神(おおなおひのかみ)とある。
 次に水に潜ってすすいだ。それによって底津少童命(そこつわたつみのみこと)が生まれ、次に底筒之男命(そこつつのおのみこと)が生まれた。
 また潮の中にもぐってすすいだ。それによって中津少童命、中筒之男命が生まれた。また潮の上に浮いてすすいだ。それによって表津少童命、表筒之男命が生まれた。全部で九柱の神が生まれた。
 底筒之男命、中筒之男命、表筒之男命は住吉大神(住吉三神)、底津少童命、中津少童命、表津少童命は阿曇連(あずみのむらじ)らが祀る神(綿津見三神)である。

   拝殿
d0287413_2246213.jpg

d0287413_22462140.jpg

   本殿、右は市杵嶌神社
d0287413_22464552.jpg

 市杵嶌神社の右に皇太神宮(手前)と藤田三郎太夫(奥)。
 藤田三郎太夫行安が当社に祈願して大蛇を退治した伝説がある。
d0287413_2247068.jpg

   本殿左に愛宕神社、八幡神社、恵比須神社
d0287413_22471241.jpg

   大歳神社
d0287413_22472464.jpg

   金刀比羅神社
d0287413_22473548.jpg

[PR]
by enki-eden | 2016-06-13 00:40

山氏神社(やまうじじんじゃ、兵庫県加東市)

 兵庫県加東市社(やしろ)772  
  駐車スペースはありそうですが車を佐保神社に停めました。

 祭神 日本武尊(やまとたけるのみこと)、
    大山祇命(おおやまづみのみこと)、
    霊神(みたまのかみ)。

 地元では「やもりさん」、佐保神社のすぐ東に鎮座しており、社殿は西向きです。山氏神社は佐保神社の境外末社のようですが、昔は佐保神社の境内がもっと広く境内末社だったかもしれない。

 11代垂仁天皇の時代(4世紀前半)に大山祇命を奉斎、14代仲哀天皇の時代(4世紀半ば)に日本武尊を奉斎、鎌倉時代の1207年に当地開発の祖である源頼道を霊神(みたまのかみ)として合祀した。



 1,300年前に提出された播磨国風土記には、製鉄、石棺用材の竜山石、古代船速鳥(はやとり、飛ぶように速かった)の造船など、古代の産業についても記されている。
 758年の奈良時代に遣唐使船を造った時、船名を「播磨」と「速鳥(はやとり)にした。船名に「丸」を付けるようになるのは平安時代から始まったようです。
 これらの生産の主体は山直(やまのあたい)、石作連(いしつくりのむらじ)、船木連(ふなきのむらじ)など、播磨の豪族が関わっている。

 山直(やまのあたい)は播磨各地で「山を管理し、樹木を伐採、山の傾斜を利用して窯を造り須恵器を生産する」ような仕事をしていたのではないか。山直の本拠地は播磨国賀茂郡で息長命が祖神だから息長氏の一族だと考えられる
 賀茂郡は賀茂氏との関係がないように見えるので、賀茂郡の地名由来はたくさん生息している「鴨」なのかもしれない。

 播磨国は須恵器を朝廷に納めることが義務付けられていた。加古川市志方町(しかたちょう)大沢字投松(なげまつ)の投松1号窯出土の須恵器(9世紀)に「山直川継(やまのあたいかわつぐ)」名がある。
 加古川市志方町で生産された須恵器は特に優れていたようです。

  参道
d0287413_9301688.jpg

  拝殿と手水舎
d0287413_9303339.jpg

d0287413_9304679.jpg

 「九郎判官源義経公御手植の松」、源義経(1159年-1189年)が植えた松ですが、この松は何代目でしょうね。1184年に源平の三草山合戦(加東市上三草)で勝利した義経が今後の勝利を祈願して松を植えたという伝承がある。
 針間鴨国(後の播磨国賀茂郡)は源氏とつながりが深い。
d0287413_9312410.jpg

d0287413_9313720.jpg

[PR]
by enki-eden | 2016-06-07 05:25