古代史探訪

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天王山古墳群(神戸市西区)

兵庫県神戸市西区天王山24   第2神明道路の南にある。
 標高80mの天王山頂上にある。帆立貝式古墳が1基(全長25m)、円墳が3基、方墳が3基の計7基が確認されたが、現在は天王山北公園として4基が整備されている。
 帆立貝式古墳からは木棺、石棺、土器棺と埴輪が出土した。




 見晴らしの良い丘で、360度見渡せる。淡路島や明石海峡大橋も見える。
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 「天下分け目の天王山」で有名な京都府乙訓郡大山崎町の天王山(270m)は、山上に牛頭天王を祀る山崎天王社があるので、山名を山崎山から天王山に変えた。現在では社名が自玉手祭来酒解神社(たまでよりまつりきたるさかとけじんじゃ)になっており、主祭神が大山祇神で相殿に素戔嗚尊が祀られている。大山祇神は酒解神(さかとけのかみ)とも云う。

 神戸市西区天王山も、山名・地名が天王山だから元々は牛頭天王(素戔嗚尊)が祀られていたのか。現存する神社名は大歳神社で祭神は豊宇気比売尊(とようけひめのみこと)になっている。

 天王山古墳群の神戸市教育委員会説明板によると、明石川の支流である「伊川」中流域を眼下に望む標高80mの丘陵上に築造された古墳群で、円墳3基、帆立貝式古墳1基、方墳3基で構成されていたが、現在はそのうちの4基が保存されている。
 古墳時代の初め頃は、明石川流域では前方後円墳は造られず、弥生時代からの方形墳が造られていた。
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円墳は3基あり、1号墳と1号墳②は直径10mの円墳、2号墳は直径14.5mの円墳。
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 3号墳は直径20mの円丘部の西側に長さ5mの造出部を付けた帆立貝式古墳で高さは2.5m。1号墳から3号墳までは古墳時代後期築造(6世紀)で、墳丘には円筒埴輪などが配列されていた。
 帆立貝式古墳は全国に400基以上存在し、古墳時代中期に築造されたものが多い。
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 4号墳は古墳時代前期築造の方墳で、東西16m×南北19mの土壙墓。割竹型木棺2基、土器、銅鏡(八禽鏡)、管玉、ガラス製小玉、鉄製ヤリガンナ、鉄製鍬先などが出土した。

 5号墳は一辺が約20mの方墳で、古墳時代前期の4世紀に造られた。一つの箱式石棺と三つの大きな木棺を確認している。箱式石棺は壊されていたが復元すると、15枚の凝灰質砂岩を組み合わせており、内寸2.3m、幅45cmであった。鉄剣、ガラス小玉などが出土している。
 この石棺は、神戸市埋蔵文化財センターに展示されており、蓋石が3枚、側石が各3枚、小口石が各1枚、底石が4枚の石板を箱型に組み合わせている。
 石枕全面と棺の内面に赤色顔料が塗られている。
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 4号墳と5号墳の被葬者は明石川流域を統治していた豪族だと考えられている。

 6号墳は一辺8mの方墳で、6世紀の築造。
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by enki-eden | 2016-08-31 00:28

北別府大歳神社(きたべふおおとしじんじゃ、神戸市西区)

兵庫県神戸市西区伊川谷町別府1923  車を停めるスペースあります。
祭神 豊宇気比売尊(とようけひめのみこと、稲蒼魂神)、北別府の大歳さん。
御神徳 五穀豊穣、商売繁盛、交通安全。

 天王山の麓に鎮座。天王山の頂上は「天王山北公園」になっており、天王山古墳群が整備されている。公園周囲を取り囲むように新興住宅街ができた。
 地名の「別府」は別符から変じたもので、荘園を造る際、山野を開墾する別符(免許状)が与えられた。



   入口の鳥居、すぐ横に車を停める。
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   手水鉢と本殿に向かう急な階段
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   本殿、美しい神明造り。
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 伊勢神宮内宮にちなみ、千木は水平切り、鰹木は10本、棟持柱の神明造り。
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 豊宇気比売尊は伊勢神宮外宮(豊受大神宮)に奉祀される豊受大神である。古事記では、伊弉冉尊の尿から生まれた稚産霊(わくむすび)の子とされる。
 豊宇気比売尊(豊受大神)は女神だが外宮の千木は外切りで、鰹木は9本の男神仕様になっている。
 豊受大神は後に、大気都比売(おおげつひめ)、保食神(うけもちのかみ)、稲荷神(倉稲魂神、うかのみたま)などと同一視されている。
 豊宇気比売尊(豊受大神)が倉稲魂神と同一であれば、饒速日(大歳)の妹になるが・・・

 等由気大神(とようけのおおかみ)は丹波の比沼真奈井(ひぬまのまない)で祀られていたが、21代雄略天皇の時代(5世紀後半)に天照大神に呼び寄せられ、伊勢神宮の外宮で豊受大神として祀られるようになった。

 「丹波の比沼真奈井」に比定される神社(元伊勢外宮)は三社あり、一社は比沼麻奈為神社(京都府京丹後市峰山町)で、祭神は豊受大神、千木は外切り、鰹木は7本の男神仕様です。

 もう一社は京都府宮津市(天橋立)の籠神社の奥宮・真名井神社で、祭神は豊受大神。亦名天御中主神・国常立尊と云う。千木は外切り、鰹木は5本の男神仕様になっている。
 10代崇神天皇の時代(西暦300年頃)に天照大神(八咫鏡)が当地に遷座し、豊受大神と共に祀られたが、天照大神は当地に4年間鎮座の後、各地を巡り11代垂仁天皇の時代(4世紀前半)に伊勢に遷宮した。各地を巡って遷座したのは結界を造るためだったのか。

 籠神社の奥宮・真名井神社の背後にある禁足地に石碑があり、「塩土老翁、亦名住吉同体、大綿津見神、亦名豊受大神」とある。豊受大神は21代雄略天皇の時代(5世紀後半)に天照大神に招かれ伊勢に遷宮した。
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 もう一社は、京都府福知山市大江町の豊受大神社で、元伊勢外宮とも云われ、主祭神は豊受姫命。千木は外切り、鰹木は9本の男神仕様になっている。

 伊勢神宮外宮の千木と鰹木は男神仕様、元伊勢外宮と云われる神社の千木と鰹木も男神仕様になっている。男神・女神の千木と鰹木の仕様は厳密に分類されているわけではないが、外宮と元伊勢の仕様を見ると本来の豊受大神は男神だったのでは?
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by enki-eden | 2016-08-24 00:53

崎宮神社(さきみやじんじゃ、加古川市)

兵庫県加古川市尾上町養田(おのえちょうようた)410
祭神 大己貴命、
   須佐能男命、稲田姫命。

 加古川東岸に鎮座、7月に祇園祭が催される。加古川西岸に鎮座の高砂神社と祭神は同じ。



 33代推古天皇の御代(7世紀初め)、この辺りに雌雄の大蛇が住んでいて、人々を苦しめたので、聖徳太子は素戔嗚命がヤマタノオロチを退治された故事に鑑み、この地に鎮祭されたという。
 この大蛇の雄を長田久須比という人が切り殺したが、雌の大蛇は加古川から海に逃れたという。

   鳥居と随身門
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   拝殿、拝殿内に見える行灯は祇園祭で境内に献灯されたもの。
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   幣殿と本殿
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   境内社の琴平神社
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   境内社の崎宮恵美須神社(事代主命)
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by enki-eden | 2016-08-19 00:50

野口神社(五社宮、加古川市)

兵庫県加古川市野口町野口326  電079-422-4352  駐車場あります。
祭神 大山咋命(日吉大神)、
   品陀別命(ほんだわけのみこと、八幡大神)、須佐之男命(八坂大神)、
   速玉男命(熊野大神)、
   天伊佐々彦命(あめのいささひこのみこと、日岡大神)。

 主祭神は日吉大神で比叡山延暦寺の守護神日吉大社から勧請した。神仏習合時には山王五社宮と称していた。    
 大山咋神の別名は鳴鏑神(なりかぶらのかみ)、山末之大主神(やますえのおおぬしのかみ)。
 図をクリックしてプラスマークをクリックすると拡大します。
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 1868年、明治政府は「神仏判然令」を出して、神と仏を厳然と区別した。当社にあった神宮寺は直ちに撤去され、社名も野口神社と改称された。
 当社の前の道路は西国街道で、参勤交代にも利用された。



   二の鳥居と随身門
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   鳥居横に五社宮の大松(株跡)
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   随身門と外拝殿
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 江戸末期に頼山陽(1780年-1832年、儒者・歴史家)が当社に立ち寄り、
 「近環松柏見威霊之森厳 遥面波涛知膏澤之弥満」と詠んだ。
 (近くに松柏をめぐらした威厳に満ちた深い森を見、
  はるか向こうに瀬戸内の波を眺め、
  人を豊かにし幸福をもたらす恵みが一面に広がっていることが分かる。)
 外拝殿前の右の注連柱に句の前半部分が、左の注連柱に後半部分が刻まれている。
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   拝殿と拝殿内
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 拝殿前に天神社(右)と稲荷神社(左)
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 同じく厳島神社(右)、荒神社(中)、山神社(左)
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   幣殿と本殿
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by enki-eden | 2016-08-13 00:59

別府住吉神社(べふすみよしじんじゃ、兵庫県加古川市)

兵庫県加古川市別府町東町157  079-436-0006  駐車場あります。
祭神 底筒男命、中筒男命、表筒男命、息長足姫命(神功皇后)。
    摂津国住吉神社から勧請、海路守護の神様、創立年は不詳。

 別府川河口の西沿いに鎮座。別府川河口は別府港になっており、12代景行天皇の時代(4世紀前半)に開港し、阿閇津(あえつ)と呼ばれた。近くの加古郡播磨町に阿閇神社(あえじんじゃ)も鎮座。

 別府町(べふちょう)の発展は多木化学と神戸製鋼所加古川製鉄所によるところが大きい。私が子供の頃は、別府の遠浅海岸に海水浴や潮干狩りによく行きましたが、高度成長期に海が埋め立てられ大きな製鉄所になっています。遠浅海岸がなくなった見返りに経済が発展しました。全国に多くある現象ですね。

 別府町の地名由来は、別符(べふ、べっぷ)により土地を開拓したことによる。免符・恩典による租税の特別扱いで土地を開拓した。大分県別府市(べっぷし)なども同じ。地名の「別府」は兵庫県と九州に多く、読み方も色々。



   鳥居と拝殿
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   境内社の恵美須神社
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   手枕の松(たまくらのまつ、三代目、樹齢100年)
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 松が横に傾いて手枕をして寝ている姿に似ていることから名付けられた。別府出身の俳人・瀧瓢水(たきひょうすい、1684年-1762年)が名付けた。
 現在の松は3代目で、当地周辺には名松が多く「播州松巡り」として有名です。
 浜宮天神社の「官公お手植えの松」、尾上神社の「尾上の松」、高砂神社の「相生の松」、曽根神社の「曽根の松」などがあります。

   拝殿
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   本殿を後ろから
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   境内社の琴平宮
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 多木化学の創業者・多木久米次郎(1859年-1942年)の銅像があった台座。
 銅像は戦時に金属を供出させられたので台だけが残る。「肥料主」と記されているが元は「肥料王」となっていた。本人は肥料王と称していたが、後で王の上に点を付け加えて主にした。
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 境内には桜の木が多いので春は桜がきれいでしょう。
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by enki-eden | 2016-08-07 00:34

トルコのクーデター

 トルコのクーデターには驚いたが、トルコ軍の2,950人ほどの勢力が7月15日から16日にかけて武装蜂起し大混乱となった。クーデターは失敗し、交戦で230人以上が死亡した。

 トルコは1987年にEU(欧州連合)加盟を申請しており、トルコの死刑制度が加入を認められない原因の一つであるとしてトルコは死刑制度を2002年に廃止した。その他にも人権問題や報道の自由制限なども障壁となっている。
 しかし今回のクーデターにより、トルコ政府は死刑制度の復活を検討している。トルコはヨーロッパに属するのでもなく、宗教もキリスト教ではなくイスラム教なので、諸問題をクリアしてもEUに加盟するのは無理があると私は考えています。EU加盟ではなく、経済協定に的を絞ってヨーロッパ各国と交渉した方が良いでしょう。これがEU加盟に関しての教訓になったと思います。
 EUから離脱したい国もあれば、新規加入したい国もあり、様々ですねぇ・・・
 トルコは親日国ですから、ロシアとの対立・テロとの戦い・隣国シリアの内戦など難しい問題を解決して立派に立ち直って欲しいですね。エルドアン大統領の強権政治も改めた方が良いでしょう。強権政治により国内治安の表面上の維持はできますが、国際的な支持は得られません。

 2015年11月13日のパリ同時多発テロ、
 2016年1月12日のトルコ・イスタンブールの自爆テロ、
 3月22日のベルギー・ブリュッセル連続テロ、
 6月28日イスタンブール国際空港の自爆テロ、
 7月1日のバングラデシュ・ダッカのレストラン襲撃テロ、
 7月3日のイラク・バグダード爆弾テロ、
 7月14日のフランス南部ニースのトラック突入テロなど多くのテロが頻繁に起きており、その後も毎日のようにテロの報道が伝わってくる。

 それに加えて中国の強引な領土・領海・領空拡大を目的とした軍事行動。南シナ海の中国の主権をオランダ・ハーグの仲裁裁判所が否定したが、中国はこれを無視。中国の独裁政権に対して香港や台湾の中国離れが進んでいる。
 現在の世界は明らかに秩序が掻き乱され、リーダーシップ不在の混沌情勢になっている。

 トルコのクーデターを見ると、政権の安定がいかに重要か、日本の価値を世界の人々が認める事になるかも知れない。ただ、日本は明治以来一貫して外交音痴ですからねぇ・・・

 そして皇国史観によって日本の古代史は歪曲され、戦後史学によって古代史が否定されてしまっているので、これを修正していく必要があります。幸い多くの考古学者、古代史研究家などによって古代史の復元が進んでいるので今後に期待ができます。

 更に古代史に立ちはだかる宮内庁の変革も必要ですが、これには手も足も出ません。天皇陛下が7月13日に生前退位の意向を示されたが、これに対しても宮内庁は頑強に抵抗する。政府関係者も無理だと云っている。
 私は数年前から天皇陛下のご様子を拝見し、国会で議論して皇室典範を改正すればいいと考えてきました。それには時間もかかるので、改正されるまでの間は皇太子殿下がある程度の国事を臨時代行されるとよいでしょう。雅子妃殿下のご様子もかなり改善され、儀式・行事へのご参加も増えてきています。

 天皇の生前退位が否定された場合は、摂政を置くこともできます。摂政は天皇の名において国事行為を行います。
 摂政も否定された場合は、皇太子殿下による国事行為臨時代行になるでしょうか。国会での慎重且つ前向きの議論を私は期待しています。
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by enki-eden | 2016-08-01 00:21