古代史探訪

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東明八幡神社(とうみょうはちまんじんじゃ、神戸市)

兵庫県神戸市東灘区御影塚町2丁目9-2  電078-857-7562
境内に車を停められます。
祭神 応神天皇(363年-403年)

 当社の西隣に4世紀築造の処女塚古墳(おとめづかこふん、70mの前方後円墳)がある。被葬者は美しい乙女で、その乙女と結婚しようとした二人の若者の墓が2.1km西方にある西求女塚古墳(にしもとめづかこふん)と1.6km東方にある東求女塚古墳だと云う。
 西求女塚古墳(神戸市灘区都通3-1)は3世紀後半築造の前方後円墳(98m)、東求女塚古墳(神戸市東灘区住吉宮町1丁目9)は4世紀後半築造の前方後円墳(80m)で、出土品からどちらの古墳も相当な勢力の首長の墳墓と考えられる。
 西求女塚古墳も東求女塚古墳も処女塚古墳の方を向いているので恋物語が作られ、「菟原処女の伝説」として万葉集、大和物語、謡曲(求塚)、森鴎外の「生田川」などに取り上げられている。
 赤のアイコンが東明八幡神社と処女塚古墳、黄が西求女塚古墳、青が東求女塚古墳。



 神社の由緒によると、神功皇后(321年-389年)が新羅へ遠征の時に、武内宿禰が皇后の健勝を祈って当地に植えた若松が、枝葉も繁りまたたく問に大木に育った。
 後年、当地を訪れた武内宿禰はこの瑞兆により、応神天皇の偉徳を称え、松の傍に祠を建て神霊を勧請して「正八幡宮」と称し、遠目郷(とおめのさと、東明村・現御影塚町)の鎮守とした。
 その後、貞観の代(9世紀後半)に宇佐八幡宮の御神霊を京都男山の石清水八幡宮へお遷しの時、鳳輦(ほうれん、金の鳳凰の飾りを付けた神輿)が当社で休息されたと伝えられており、古来より厄除、息災、願望成就の神として近郷より篤く崇敬されている。
 石清水八幡宮については、2016年12月2日投稿の「石清水八幡宮」をご参照ください。

 東明八幡神社の説明によると、「武内宿禰が当地に松を植えたのは1,700年前」になっている。私見では武内宿禰の生年は西暦310年頃と見ているので、ほぼ同じ見方だと思います。

   入口の鳥居
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   拝殿
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 武内宿禰が植えた松の木は、江戸時代になって幹周り5m以上の巨木となり、「武内松」 と呼ばれ摂津名所として知られた。
   立ち寄りて いざ言問わん この里の 社の松に 古き昔を
                       (大中臣為村)

 この松は明治の初めに枯れたので、その一部を保存し、横に2代目の松を植えている。 奥の祠の中に1代目の松があり、左に現在の2代目の松が植えられた。
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 浅香稲荷社(あさかいなりしゃ)、境外摂社であったが明治中期に境内に遷した。心身健全、芸能成就、商業繁栄の神。
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 高良宮(こうらぐう、祭神は武内宿禰)、厄除けの神。当社では1月18日と19日に厄除祭が執り行われる。
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by enki-eden | 2017-05-31 00:17

櫨谷諏訪神社(はせたにすわじんじゃ、神戸市西区)

兵庫県神戸市西区櫨谷町(はせたにちょう)長谷(はせ)75   電078-991-1034
無料駐車場あります。

祭神 建御名方命(たけみなかたのみこと)、
   誉田別命(ほむたわけのみこと)、事代主命、天児屋根命、
   大日孁貴命(おおひるめのむちのみこと)、天御中主命(あめのみなかぬしのみこと)。

創建
 鎌倉時代の1264年に櫨谷城主の衣笠法眼為が信州諏訪大社より寺谷地区(櫨谷町東部)に勧請したが、毎夜のように長谷村の山の樹上に光り物が現れるようになり、神社の位置を現在地に移したところ光り物が現れなくなったと云う。

 櫨谷(はせたに)の地名由来は、櫨蝋(はぜろう)の生産が盛んであったと云われるが、由来は「櫨」ではなく、「長谷」だと考えられる。
 長谷(はせ)は、山間の細長い地域は長谷(はせ)と呼ばれることが多く、山の間を川が流れている。当地にも櫨谷川(はせたにがわ、はぜたにがわ)が流れており、明石川に合流している。



 祭神の建御名方命の父は大国主命、母は高志の沼名河比売命。建御名方命は出雲の国譲りに反対して抵抗したが、建御雷神(たけみかづちのかみ)に負けて信濃国諏訪に逃れた。
 后神の八坂刀売命の父は天八坂彦命で、西暦185年頃の饒速日尊東遷に従い、伊勢神麻続連(いせのかむおみのむらじ)の祖となる。
 八坂刀売命の父は綿津見神と云う説もある。

   鳥居から境内を望む。
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 拝殿は北向きになっている。
 当社の6km北方に建御名方命の父神・大国主命を祀る神出神社(かんでじんじゃ)が鎮座しているが、そちらを向いているのか? 諏訪大社も北向きと云うが正確には西北西を向いている。
 神出神社の祭神は素戔嗚尊・奇稲田姫命・大己貴命(大国主命)。神出神社については、2013年5月10日投稿の「神出神社」をご参照ください。
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   本殿
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   拝殿右に神明社(天照大御神)
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   天満宮(菅原道真公、学問の神様)
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   稲荷社(宇迦之御魂神、農商工業の神様)
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by enki-eden | 2017-05-23 00:28

櫨谷神社(はぜたにじんじゃ、神戸市西区)

兵庫県神戸市西区櫨谷町福谷3-1  無料駐車場あります。
祭神:
 国常立命(くにのとこたちのみこと)、
  江戸時代元禄の頃に編纂された明石藩采邑(さいゆう)私記には天香香背男命(星神)と
  なっている。
 大日孁命(おおひるめのみこと)、天児屋根命(あめのこやねのみこと)、
 建御名方命(たけみなかたのみこと)、瓊瓊杵命(ににぎのみこと)、
 吉備津彦命(きびつひこのみこと)、誉田別命(ほむたわけのみこと、15代応神天皇)。



創建:
 33代推古天皇11年(603年)9月9日に櫨谷庄の産土神として創建された。
 当社背後の杜は彗星(隕石)落下の謂れのある霊山で、当社は妙見宮と称していた。妙見信仰は神社とお寺が合体した形態だったので、明治の神仏分離令により櫨谷神社と改称した。
 明治以降の妙見神社は祭神を天御中主神(北極星)、国常立尊、北極星などとする。
 当社の彗星伝承により明石藩采邑私記には祭神に天香香背男命(星神)が記されたか。

 1989年より神戸市垂水区の海神社の兼務社として宮司・神職の奉仕を賜っている。海神社については2013年9月15日投稿の「海神社」をご参照ください。

 櫨谷の地名由来の一つに、当地は「櫨蝋(はぜろう)」の産地であったと云うものがあり、ハゼの木は450年ほど前に中国から九州に種子を輸入し栽培され始め、全国に広がった。
 縄文時代からあった漆(うるし)の木の樹液は漆器に塗る材料になったが、漆の実は絞って木蝋(もくろう、ワックス)として使われた。
 ウルシ科のハゼの実から蝋燭を作るようになったのは戦国時代末期からになる。「はせたに」の地名はそれよりずっと古いので、長谷(はせ)から櫨(はせ、はぜ)に変わったと考えられる。
 山間の細長い地域は長谷(はせ)と呼ばれることが多い。由来は奈良県桜井市の「長谷(ながたに)の初瀬(はせ、はつせ)」という枕詞から長谷(ながたに)を「はせ」と云うようになった。

   鳥居と社号標
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 階段を登ると社殿。左側の登山口から社殿背後の妙見山(168m)に登れる。
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   本殿
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   神紋は「丸に並び瓶子(ならびへいじ)」
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 源義経(1159年-1189年)が1184年の「ヒヨドリの逆落とし」の途上、一行100騎余りを当社(妙見宮)に駐屯させ本陣とした。義経が作戦を練るために腰掛けた「腰掛石」が境内にある。
   櫨谷の 杜(もり)に拝(まい)らば 神(み)を鎮(しづ)め
   みごと射止めよ 結願(けちがん)の的(まと)
 
 中央に歌碑と右に祈願石、左に腰掛石。
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 右の末社は四体末社(末社を合祀)
 右から天王大神(雨乞いの神)、
 稲荷大神(農業神・商業神・食物神・屋敷神・殖産興業神)、
 猿田彦大神(道祖神・天狗)、牛頭天王大神(疫病の神)。
 左の末社は妙見宮
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 身代わり不動
 この狛犬は1995年の阪神淡路大震災で損傷した。周辺も甚大な被害を受けたが、当社の被害は比較的少なかった。それで、損傷した狛犬さんがお守りくださったと云い伝えられ、現在は「身代わり不動」として拝殿の左側に移され鎮座している。
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 私見ですが、当社祭神の国常立命は西暦元年生まれの初代奴国王で、西暦57年に後漢に朝貢した漢委奴国王と見ています。図をクリックしてプラスマークをクリックすると拡大します。
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 国常立命については、2015年8月24日投稿の「日本書紀の神武天皇年」をご参照ください。  
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by enki-eden | 2017-05-15 00:58

六甲八幡神社(ろっこうやはたじんじゃ、神戸市灘区)

神戸市灘区八幡町(なだく やはたちょう)3丁目6-5  電078-851-7602
有料駐車場がありますが参拝者は社務所で割引券をいただきます。
祭神: 八幡大神(15代応神天皇)、天照大神、春日大神。

「厄神さん」と呼ばれ、境内は広く森が深い。
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 1180年、平清盛(1118年-1181年)が福原遷都の時に京都・石清水八幡宮から勧請し、地名も八幡に改めたと云われる。石清水八幡宮については2016年12月2日投稿の「石清水八幡宮」をご参照ください。
 また、豊前の宇佐八幡宮から勧請したとも云われるが、宇佐神宮祭神の比売大神(宗像三女神)が当社では天照大神に代わった可能性がある。
 私見ですが、比売大神は元々は天照大神ではないかと見ています。下の系図にある「天照大神①」です。図をクリックしてプラスマークをクリックすると拡大します。
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   石の鳥居と社号標
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   拝殿(右に社務所)
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   本殿は奈良・春日大社の旧社殿(安土桃山時代)を移築した。
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   手水舎の龍
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   摂社・厄神宮、県指定重要文化財。
   春日大社の社殿を移築するまではこの社が八幡社の本殿であった。
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   庚申社(こうしんしゃ、猿田彦神)
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   金比羅宮(大物主神)
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   稲荷宮
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 私は学生時代、当社の北に隣接する阪急電車神戸線の六甲駅で降りて大学へ通っていました。卒業して52年になりますので周辺の街並みも大きく変わっています。
 JR大阪駅の変貌ぶりは凄いですね。株式投資セミナーなどで時々大阪へ行きますが、行くたびに変わっています。
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by enki-eden | 2017-05-09 00:19

熊野神社(神戸市兵庫区熊野町)

兵庫県神戸市兵庫区熊野町3丁目1-1 電078-511-2928 無料駐車場あります。
祭神:  伊弉諾命、伊弉冊命。
ご神徳: 縁結び、福徳延命、事業創設。

 「夢野の権現さん」と呼ばれる。
 当社南部が夢野町となっているが、旧・夢野村の範囲はもっと広い。古代では朝廷の禁猟地になっており、禁野(いみの)が夢野になったのではないかと云われる。
 現在の当地は住宅密集地になっているが、古代では六甲山系の麓の原野で鹿やイノシシなどが多かった。現在でも六甲山系の麓では時々イノシシが住宅街に現れることがある。
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 摂津国風土記逸文に、『昔、夢野(神戸市兵庫区)に夫婦の鹿がいて、牡鹿には淡路島の野島(のじま)に妾の鹿がいた。ある夜、牡鹿は背に雪が降り、すすきが生える夢を見た。
 妻の牝鹿は夢判断をして、矢で撃ち殺されて塩を塗られる前兆だと云って牡鹿が妾のもとに行くのを止めた。
 それでも、牡鹿は淡路島に泳いで行き、途中の海で船人に見つけられて射殺された。』とある。

 昔も今も、浮気の結果は悲惨なことになりますねぇ。ことわざにある「夢野の鹿」の意味は「悪い予感や心配事が、その通りになってしまうこと」。

 神社の由緒によると、平清盛(1118年-1181年)が福原遷都の際、皇城鎮護の神として、後白河法皇(1127年-1192年)のご崇敬の厚い紀州熊野権現を勧請し、東向きに奉鎮した。
 しかし、まもなく京都に還幸になったので地元夢野の住民が産土神として尊信するようになった。

  南向きの石の鳥居、後ろの山は六甲山系。
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  拝殿、東北東向きで「東向きの権現さん」とも云われる。
  熊野神社は一般的に「南東向き」が多いのではないでしょうか。
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  本殿、流れ造り、銅板葺。
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  社殿右手前に「力石」、石囲いと石碑の間に楕円形の力石が見える。
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  社殿右に大神宮社(天照皇大神)
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 大神宮社の隣に荒木稲荷神社(稲荷大神、商売繁栄)、
 京都伏見稲荷大社裏の稲荷山に鎮座する荒木神社(縁結び)から勧請された。
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 本殿後ろに金比羅神社(大物主神)。
 夢野村の山に祭祀されていたが、明治初期に当社に移築された。
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 祇園神社(素戔嗚神)、蛭子神社(蛭子神)、春日神社(天児屋根命)、
 八幡神社(応神天皇)、猿田彦神社(猿田彦大神)、地主神。
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  古殿神社(額田大中彦命、応神天皇の皇子)、大正時代に氷室町から移転。
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  牛神社(豊受姫大神)、昭和43年に熊野町5丁目から合併祭祀される。
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by enki-eden | 2017-05-03 00:47