古代史探訪

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新羅神社(姫路市四郷町)

 新羅大明神
 兵庫県姫路市四郷町明田(しごうちょう あけだ)706 駐車場はないが神社の前に停める。
 麻生八幡社の宮司が兼務している。

 祭神: 帯中津彦命(14代仲哀天皇)、
     品陀別命(15代応神天皇)、
     息長帯姫命(神功皇后)。



 神功皇后(321年-389年)が新羅遠征の際、戦勝祈願のため福泊港から上陸して麻生山をめざして、この地まで来た時に天明に及んだので、この地を暁田(あけだ、後に明田村)と称した。
 当地は古くから開けており、中世には「緋田荘(あけだのしょう)」と云う摂関家領の荘園であった。江戸時代には当社が明田村の氏神になった。

 神功皇后は新羅遠征から帰還の途次(西暦363年)、当地に人質の新羅の王子を預けた。当社はその王子を祀ったので新羅神社(新羅大明神)と称した。
 日本書紀によると、「新羅王の波沙寝錦(はさむきん)は微叱己知波珍干岐(みしこちはとりかんき)を人質として差し出し、貢物の金・銀・彩色・綾・羅・縑絹を船に乗せた。」とある。
 しかし神功皇后摂政5年(西暦367年)、新羅が朝貢してきた時に使者が微叱己知波珍干岐を連れて帰った。同行していた葛城襲津彦は微叱己知波珍干岐が逃亡したので、使者を焼き殺し、草羅城(慶尚南道梁山)を攻め落とした。この時、葛城襲津彦は鍛冶職人を捕虜として連れ帰り、地元・大和国葛城に住まわせた。

  拝殿、右の灯篭の奥は岩神社(素戔嗚命)、その奥に神明社(天照大神と豊受大神)。
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   本殿
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   金森稲荷神社(宇迦之御魂命)
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   大歳神社(大年神)
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 当地の西は白浜町と云うが、地名由来は「新羅浜(しんらはま)」と云われる。新羅からの渡来人や戦争捕虜が住み着いた。
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by enki-eden | 2017-09-28 00:17

麻生八幡社(あさおはちまんしゃ、姫路市)

 通称: 麻生八幡宮
 兵庫県姫路市奥山563   電079-245-2536  神社東の池の横に車を停める。
 奥山を地元では「おっきゃま」と云うらしい。

 祭神 足仲彦命(たらしなかつひこのみこと、14代仲哀天皇)、
    品陀別命(ほんだわけのみこと、15代応神天皇)、
    氣長足姫命(おきながたらしひめのみこと、神功皇后)。



 麻生山(あそうさん、小富士山、172m)南麓に鎮座。麻生山には神功皇后(321年-389年)伝説が多い。麻生山の元の名は大己貴命(大国主命)に因み「醜男山(しこおさん)」と云っていたが、神功皇后の故事により麻生と改めた。

 神功皇后が新羅遠征に行く途中、市川の東にある麻生山に登り、戦勝を大国主命に祈願して弓で地面を叩くと麻が生えてきた。この麻で弓の弦を作ったと云う。
 その弓で矢を放ち、矢が落ちた所に稲岡神社、生矢神社(いくやじんじゃ)、行矢射楯兵主神社(いくやいだてひょうずじんじゃ)、破磐神社(はばんじんじゃ)を建てたと云う。

 中世には京都・石清水八幡宮の社領・継荘(つぎのしょう)の鎮守となった。石清水八幡宮については、2016年12月2日投稿の「石清水八幡宮」をご参照ください。

 麻生山は神仏習合の修験道の山で、山頂に45代聖武天皇(701年-756年)勅願の華厳寺があり、役小角(えんのおづぬ、634年-701年)が祀られている。
 華厳寺は明治以前の神仏習合時代には麻生八幡社の宮寺(奥の院)であった。

  石の鳥居、後ろの右の山が麻生山。
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  随神門と社号標、神門の神額は神仏習合の両部額になっている。
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   拝殿
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   本殿
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   金刀比羅宮(大物主命)
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   本殿左後ろに三島神社(大山祇命)
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   本殿右後ろに武内神社(武内宿禰)
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 当地播磨国の「奥山」を「おっきゃま」と発音するのは、吉備弁の影響だと思います。古代では加古川以東が針間国(播磨国)、加古川以西が吉備国で当地は古代の吉備国であった。
 2012年12月28日投稿の「いにしえの吉備の国の東の端は加古川」をご覧ください。
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by enki-eden | 2017-09-22 00:16

松原八幡神社(姫路市)

 兵庫県姫路市白浜町甲399   電079-245-0413  無料駐車場あります。
 祭神 中殿、品陀和気命(ほんだわけのみこと、応神天皇)、
    左殿(東殿)、息長足姫命(おきながたらしひめのみこと、神功皇后)、
    右殿(西殿)、比咩大神(ひめおおかみ、三女神)。

 妻鹿(めが)漁港の漁師・久津里が「八幡」と書かれた1尺(30cm)ほどの霊木を海中から網で拾い上げたので、霊木をお祀りし、763年に豊前・宇佐神宮から分霊を勧請、47代淳仁天皇(733年-765年)により当社が創建された。
 平安時代には松原荘が京都・石清水八幡宮の社領(荘園)となり、当社はその別宮・荘園鎮守となって松原荘を管理した。

 秋季例大祭(10月14日、15日)は勇壮な「灘のけんか祭り」として有名で、兵庫県と姫路市の重要無形民俗文化財に指定されており、テレビで放映される。

 飾磨郡誌によると、神社の東部の地名は、松原八幡宮の勧請先である宇佐八幡宮にちなんで白浜町宇佐崎と名付けられた。
 白浜町宇佐崎南1丁目の海沿いには763年に創建の蛭子神社(ひるこじんじゃ)が鎮座している。更に東南に行くと、的形町福泊(まとがたちょう ふくどまり)に子授け地蔵で有名な八家地蔵(やかじぞう)がある。私も昔、孫の願掛けにお参りしましたよ。

 白浜町の語源は新羅浜と云う。神功皇后が新羅遠征(363年)の帰路、多くの新羅の捕虜などを姫路に住まわせた。人質の新羅王子も姫路に住まわせたか、大和国まで連れて行ったかもしれない。
 新羅王子の名は微叱旱岐(みしこち)で、367年に新羅から使者が3人やって来て、王子を連れて帰る。葛城襲津彦が見張りとして同行したが、対馬で微叱旱岐に逃げられた。
 怒った葛城襲津彦は3人の使者を焼き殺し、新羅(慶尚南道)を攻撃、捕虜を連れ帰った。捕虜は葛城襲津彦の地元・大和国葛城に住まわせた。



  赤い大鳥居、昭和初期まではここが海岸線だった。
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  楼門(随神門、姫路市指定有形文化財、1679年造営)
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  社殿(1718年造営)と右に大きな神木(イチョウ)
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  手前に神木と奥に本殿
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  俱釣社、霊木を海中から拾い上げた漁師・久津里を祀る。
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  神明社
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  宮白稲荷神社
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  白躰社
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 右から恵美酒社(大国主命、蛭子命)、天満社、地神社、八坂社(素戔嗚命)、弁財天社。
 7月には八坂社の祇園祭が執り行われる。
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 右から高良社(武内宿禰)、日清・日露戦没慰霊堂、厳島社、春日社、若宮社。
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by enki-eden | 2017-09-14 00:22

高御位神社(たかみくらじんじゃ、加古川市)

 高御位山(たかみくらやま、播磨富士)の山頂に鎮座。
 高御位山は兵庫県加古川市と高砂市の市境にある304mの神山。
 東の麓の加古川市志方町成井(しかたちょう なるい)に無料駐車場があります。

 祭神 高御位大神(大己貴命、少彦名命)。
    大己貴命は大国主命とも云う。少彦名命は淡嶋神とも云う。

 高御位山は縄文時代・弥生時代から山岳崇拝の聖地であったが、5代孝昭天皇の時(3世紀半ば)に天御中主神を祀ったと云う。



 中央の山が高御位山、左が小高御位山(こたかみくらやま、185m)、東の方(加古川市志方町成井)から写す。ハイキング登山として有名で、多くのハイカーで賑わっている。
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 大己貴命と少彦名命が天津神の命を受け、国造りのために降臨したので、高御位山と名付けられ、29代欽明天皇10年(548年)に山頂に高御位神社が創建された。高御位山全体を御神体としている。
 大己貴命(大国主命)に因んで地名が付けられたのか南東の麓には大国(おおぐに)と云う地名がある。

 成井登山口に階段で整備されたルートがあるが、私は「けもの道ルート」を選ぶ。これがいけなかった。細くて急な獣道は年寄りにとってあまりにも大変で、途中で何度も引き返そうと思った。
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 成井登山口近くに高御位神宮が鎮座、「高御位神宮神祇本庁、熊野修験道本庁」と記されている。
神仏習合の神宮。
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 登山道途中の磐座(いわくら)
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 少し登った所で休憩して東の方を眺める。
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 更に登って休憩、南の方の播磨灘を眺める。
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 何とか山頂に辿り着くと東南向きに社殿が鎮座。日の出方向を調べると、ピッタリ節分の日(立春)の日の出方向に社殿が向いている。
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 社殿南の岩を登って見ると播磨平野と播磨灘を見渡せる。
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 南の方を見ると、播磨灘の手前に竜山石で有名な竜山地区が見える。石の宝殿の生石神社については、2013年4月29日投稿の「生石神社」をご参照ください。
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 社殿横に祠(宇迦之御魂神、佐田彦神、大宮能売神)
 稲荷神社では宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)の配神として大宮能売神(おおみやのめのかみ)が祀られことが多い。朝廷でも重視されている女神。
 佐田彦神は猿田彦神の別名で、主祭神の宇迦之御魂神の配神となることが多い。
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by enki-eden | 2017-09-06 00:07