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古代史探訪 enkieden.exblog.jp

神社、遺跡めぐり   1943年生   印南神吉 (いんなみかんき)


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 須久奈比古命は、出雲国風土記(天平5年、西暦733年編纂)の飯石郡(いいしぐん)多禰郷(たねごう)に記載されている。

 多禰郷の地名由来は、大穴持命(大国主命)と須久奈比古命(少彦名命)が諸国を巡り、稲種を蒔いて稲作に貢献し、この地(多禰郷)に稲種を落とされた事による。神亀3年(726年)に地名の「種(たね)」を「多禰(たね)」に変えた。

 飯石郡の郡家は多禰郷にあった。現在でも島根県雲南市掛合町(かけやちょう)多根(たね)と云う地名が残っている。

 飯石郡については「伊毘志都幣命(いびしつべのみこと)」をご参照ください。

  

 須久奈比古命は、日本書紀には少彦名命(すくなひこなのみこと)、古事記には少名毘古那神(すくなびこなのかみ)と記されている。

 

 古事記によると、大国主神が出雲の御大之御前(みほのみさき、美保崎)に居るときに、海の彼方からガガイモの実で作った舟に乗り、鷦(さざき)の皮の衣服を着てやって来た「小さな神」があった。

 名前を聞いたが答えないので、久延毘古(くえびこ)に尋ねたところ、「これは神産巣日神(かみむすひのかみ)の御子少名毘古那神なり」と言った。久延毘古は山田の曽冨騰(そほど、カカシ)で、足はないが悉く天下のことを知っている神であった。


 神産巣日神に確認すると、「まことに我が子なり。我が手の指の間よりすり落ちた子なり。葦原色許男命(あしはらのしこをのみこと、大国主命)と兄弟になって国造りをせよ」と云われた。

 

 少彦名命は一寸法師のように小さく表現されているが、これは古代人のオーバーな表現方法で、実際には平均体格よりは小さいと云う程度でしょう。

 

 日本書紀には、少彦名命は高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)の子とあるので、父は高皇産霊尊、母は神皇産霊尊なのでしょう。この高皇産霊尊と神皇産霊尊は紀元前1世紀の「別天神(ことあまつかみ)」ではなく、西暦140年頃出生、10世代の子孫で時代は200年ほど後である。

     

 播磨国にも大汝命(おおなむちのみこと、大国主命)と少比古尼命(すくなひこねのみこと、少彦名命)の伝承が多い。

 2世紀末の「異常気象」により、大国主命と同じ出雲系の饒速日命(にぎはやひのみこと)が、西暦185年頃に大部隊を率いて北部九州から大和に東遷し、纏向(まきむく)を都にする。高皇産霊尊の援護があった。   

 高皇産霊尊の子や孫も東遷に従ったが、少彦名命の子である天少彦根命(あめのすくなひこねのみこと、鳥取連の祖)も共に東遷した。

 

 大阪府柏原市高井田89の天湯川田神社(あまゆかわたじんじゃ、天湯河桁命)、大阪府柏原市高井田661の宿奈川田神社(すくなかわたじんじゃ、宿奈彦根命)に鳥取連(ととりのむらじ)の祖神が祀られている。

 宿奈川田神社は大和川沿いに鎮座。背後には「高井田横穴古墳群」があり、鳥取連一族が当地周辺に居住して墳墓を造り、祖神を祀ったと考えられる。

 天少彦根命は少彦名命の別名だと云う説も多いが・・・

 

 大穴牟遅(おおあなむじ、大国主神)と少名毘古那は国造りを進めていったが、少名毘古那神は途中で急に常世国(とこよのくに、異界)に渡って行った。急用で「高天原」に戻ったのか・・・

 高天原に戻ったのが西暦200年頃であれば、「出雲の国譲り」直前かもしれない。高皇産霊尊と天照大神(卑弥呼、179-247年)が大国主命に「国譲りを要求」することを決断したので少彦名命を高天原に戻したのか・・・   

 

 国造りをしている途中で少名毘古那神が去り、一人になった大国主神が、誰とこの国を造れば良いのかと嘆いていると、海を照らしてやってくる神があった。「私を良く祀るならば、上手く国造りができるが、祀らないのであれば、国造りは難しいだろう」と云われた。

 大国主神が、「どの様に祀ればよろしいですか」と尋ねると、「倭(やまと、奈良県)の青垣の東の山の上に斎奉れ(いつきまつれ)」と云われたので、御諸山(三輪山、奈良県桜井市三輪)の山上に大物主神として祀った。

 

 大国主命(160年頃-220年頃)は、西暦200年頃の「国譲り」により北部九州の出雲族支配地(葦原中津国)を強制的に放棄させられたので、若い頃から拠点(磯城氏、鴨氏)にしていた大和(やまと、奈良県)に大物主神を祀り、近畿各地を開拓していったのかもしれない。

 

 日本書紀には、大物主神は大己貴神(大国主神)の幸魂奇魂(さきみたま、くしみたま)・和魂(にぎみたま)と記されている。

 出雲国造神賀詞(いずものくにのみやつこのかむよごと)には、大物主神は倭大物主櫛𤭖玉命(やまとおおものぬしくしみかたまのみこと)と記され、「大穴持命(大国主命)の和魂」としている。

 

 少名毘古那神は、国造りの神、医薬の神、常世の神、酒造の神、温泉の神などとして、全国各地の神社に祀られている。

 

 大阪市中央区道修町(どしょうまち)2-1-8に鎮座の少彦名神社(すくなひこなじんじゃ、神農さん)は、疫病退散・病気平癒の神社で、日本の医薬の神・少彦名命と中国の薬祖神・神農様を祀っている。祭神の少彦名命は、京都市下京区松原通西洞院の五條天神社から勧請した。

 道修町は江戸時代から「薬の町」で、製薬会社や薬問屋が多い。

 

印南神吉   メールはこちらへ  nigihayahi7000@yahoo.co.jp  


# by enki-eden | 2021-06-11 14:47

 兵庫県西脇市黒田庄町(くろだしょうちょう)船町(ふなまち)上谷   駐車場なし。

 祭神 倉稲魂神(うかのみたまのかみ)

 

 

 

 倉稲魂神(宇迦之御魂神)は通称「お稲荷さん」と呼ばれ、父は素戔嗚命(140年頃-200年頃)、母は神大市姫(かむおおいちひめ、大山祇神の娘)、兄に饒速日命(大年神、165年頃-225年頃)がいる。   

 宇迦之御魂は全国の稲荷神社に祀られているが、稲荷神社の総本社は京都の「伏見稲荷大社」で、宇迦之御魂の降臨地は伏見稲荷大社後方の稲荷山、饒速日命の降臨地は大阪府交野市(かたのし)の「磐船神社」   

 両社間の直線距離は25kmほどで、宇迦之御魂も西暦185年頃の饒速日東遷に従って九州からやって来たと考えられる。

 

 

 石の鳥居

 

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 赤い鳥居と社殿

 

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 右の境内社は秋葉神社(加具土神)・西宮神社(蛭子命)、

 左は北野天満宮(菅原道真公)・金刀比羅宮(大物主神)・水天宮(天御中主神)。

 

稲荷神社(西脇市黒田庄町船町)_d0287413_11183291.jpg
 

 社殿後方にも境内社。

 

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 City Cruise (215秒のギター)

 

 


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# by enki-eden | 2021-06-05 11:21

 兵庫県西脇市黒田庄町船町   神社前に車を停められます。

 祭神 武甕槌命(たけみかつちのみこと)、

     天児屋根命(あめのこやねのみこと)、

     素戔嗚尊(すさのおのみこと)   

     経津主命(ふつぬしのみこと)  

     大年神(おおとしのかみ)  

         

  2km南の黒田庄町黒田の「瀧尾神社」(瀧尾五社大明神)から祭神を分霊(勧請)した。

   

   赤い丸が船町の瀧尾神社

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 船町蛭子神社から加古川を東に渡る船町橋(150m)を渡ると、瀧尾神社が鎮座。

 道路横から階段を登る。

 

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 鳥居と社殿、直ぐ横をJR加古川線が走っている。

 

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 神社の西を流れる加古川と北播磨の山々。川の向こう岸に船町蛭子神社が見える。

 

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Go Twangy Go! (2分40秒のギター)

 

印南神吉   メールはこちらへ  nigihayahi7000@yahoo.co.jp  


# by enki-eden | 2021-05-29 00:02

 兵庫県西脇市黒田庄町小苗(こなえ)82   神社前に車を停められます。

 祭神 木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、

     稚産霊神(わくむすひのかみ)。

 

     安産と五穀豊穣の神様、播磨国多可郡鎮座の式内社。

 

 当地は播磨国の最北端で、丹波国と接している。

 


 

 祭神の木花開耶姫の別名は神吾田鹿葦津姫(かむあたかしつひめ)で、「大山祇神(おおやまつみのかみ)」の娘。   

 木花開耶姫は皇孫の天津彦火瓊瓊杵尊(あまつひこほのににぎのみこと、170年頃出生)の妻となり、一晩で妊娠したので天津彦火瓊瓊杵尊が疑ったところ、木花開耶姫は怒って産室に入り、誓約(うけい)のことばを述べて産室に火を付けて焼いた。

 出産の様子を記紀では「たたら製鉄」に例えて表現している。 木花開耶姫3人の皇子を産んだ。火酢芹命(ほすせりのみこと、海幸彦)、火明命(ほあかりのみこと)、火折尊(ほおりのみこと、山幸彦、彦火火出見尊)である。

 

 木花開耶姫は美の女神で、縁結び・安産・子宝の神として、静岡県富士宮市の富士山本宮浅間大社(せんげんたいしゃ、駿河国一之宮)に祀られている。

 大山祇神や木花開耶姫の本拠地は、伊都国・志摩国(福岡県糸島市)であったと考えられる。 「伊都国を掘る」をご参照ください。

   

 魏志倭人伝に、「伊都国官曰爾支(伊都国の官を爾支と云う)」とあるが、爾支(にき)は「高官、支配者」と云う意味だろうか。

 爾支(にき)は饒速日命(にぎはやひのみこと)や天津彦火瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)などの名に使われている

 

 古奈為神社祭神の稚産霊神(わくむすひのかみ)は、軻遇突智(かぐつち、火の神)と埴山姫(はにやまひめ、土の神)の子で、頭の上に蚕と桑が生じ、臍(ほぞ)の中に五穀が生まれたと云う。五穀豊穣の神になっている。

 

 鳥居と社号標

 

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 拝殿

 

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 右(阿)の狛犬は玉持ち、左(吽)は子持ち。

 

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 本殿

 

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 拝殿右に境内社、右から天満宮、大歳神社、若宮神社、八坂神社、天照皇大神・豊受大神。

 中央の2本の木の間に小さな磐座が。

 

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 本殿左横に大きな木々。左端は樹齢500年のケヤキ。

 

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 2本の木の根元に小さな磐座が。手前の1本の木は切り株になっている。

 

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 神社前の2本の木の根元にも小さな磐座と常夜灯。

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Gimme Three Steps (421秒のギター)

 



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# by enki-eden | 2021-05-22 00:03

 兵庫県西脇市黒田庄町石原1467-1   車は石原公民館(0795-28-2127)に停める。

 祭神 大山咋神(おおやまくいのかみ)、

     大国主神(おおくにぬしのかみ)、

     稚産霊神(わくむすひのかみ)。

 

 1185年(文治元年)創立、通称は大国神社(ダイコクじんじゃ)、ダイコクさん。

 


 

 祭神の大山咋神は、大年神(165年頃-225年頃)と天知迦流美豆比売(あめちかるみずひめ)の子神で、別名は山末之大主神(やますえのおおぬしのかみ)。子は賀茂別雷神(かもわけいかづちのかみ)。

 

 大国主神(160年頃-220年頃)は出雲系で、別名に大己貴神(おおなむちのかみ)、葦原色許男命(あしはらのしこおのみこと)など多く、素戔嗚尊(140年頃-200年頃)の跡を継いだが、201年に卑弥呼が倭王に就任すると出雲族の北部九州支配地(葦原中津国)を譲渡させられ、大国主神は出雲に戻った。

 

 稚産霊神は、軻遇突智(かぐつち、火の神)と埴山姫(はにやまひめ、土の神)の子神で、頭の上に蚕と桑が生じ、臍(ほぞ)の中に五穀が生まれた。五穀豊穣の神。

 

 境内から黒田庄町の景色を望む(8秒の映像)。

 

 

 石の鳥居と中腹に社殿、右は石原公民館。鳥居の横に葉ボタンの寄せ植え。(1月に参拝)

 

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 拝殿

 

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 本殿と右に境内社の罔象女(みずはのめ)神社、貴船(きふね)神社、

   祇園(ぎおん)神社、愛宕(あたご)神社、羽山戸(はやまど)神社。

 

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 その右に神明神社・愛宕神社。

 

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 本殿左横の境内社は、越歳神社(おとしじんじゃ、御歳命)・大将軍神社・

   金刀毘羅神社(大物主神)・地主神社(じしゅじんじゃ)・猿田彦神社。

 その左の境内社は、裏山に鎮座する星神社(妙見堂)の遙拝所。

 

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印南神吉   メールはこちらへ  nigihayahi7000@yahoo.co.jp  


# by enki-eden | 2021-05-16 00:33