古代史探訪

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長田神社

 神戸市長田区長田町3-1-1  電:078-691-0333  駐車場は正面の鳥居から入る。
 主祭神: 事代主神
       (於天事代於虚事代玉籖入彦厳之事代主神)
       (あめにことしろそらにことしろたまくしいりひこいつのことしろぬしのかみ)
 本殿瑞垣内に天照皇大御神社(祭神:天照大御神)と八幡社(祭神:応神天皇)を祀る。
 本殿東側に月読社(祭神:月読神)と松尾社(祭神:大山咋神・春日大神)、
 本殿西側に出雲大社(祭神:大国主神)と蛭子社(祭神:蛭子神)、
 本殿北に楠宮稲荷社(祭神:倉稲魂神)を祀る。
 創建: 伝・201年(神功皇后摂政元年)、本殿:三間社流造


 神社の由緒によりますと、事代主神は世に広く「恵美主(えびす)さま」「福の神」と申し上げ、商工業をはじめ、あらゆる産業の守護神、日々の生活の開運招福・厄除解除の神として崇敬され、神戸市民から「長田さん」と親しまれています。更には、国家鎮護の神、皇室守護の神、言霊鎮魂の神として、宮中神殿に奉鎮され皇室の篤い崇敬をうけておられます。
 廣田神社、生田神社とともに神功皇后由来の神社であり、生田神社、湊川神社とともに神戸を代表する神社です。
 日本書紀に、神功皇后が新羅遠征後、難波に向かったが船は海中でぐるぐる回って進まなかった。武庫の港で占ったところ、天照大神が「わが荒魂を皇后の近くに置くのは良くない。広田国に置くのが良い」と。それで山背根子の娘・葉山媛に廣田神社を祀らせた。
 また稚日女尊(天照大神の和魂または妹)が、「自分は活田長峡国に居りたい」と。それで神功皇后は海上五十狭茅に生田神社を祀らせた。
 また事代主命が「自分を長田国に祀るように」と。それで神功皇后は葉山媛の妹の長媛に長田神社を祀らせた。 この神功皇后由緒により、長田神社は2001年(平成13年)に鎮座1,800年を祝いました。長田国は現在の神戸市長田区、兵庫区、須磨区、北区南部を合わせた領域の国です。

     正面入口(右の石碑に於天事代、左に於霊事代と記されている。)
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     苅藻川を渡る八雲橋
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     正面入口の鳥居
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     東入口の赤鳥居
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     境内左にある眼鏡碑
      眼鏡によって肉眼の欠点を補い、長田大神のご加護によって心眼を得て
      「わが眼鏡に曇りはない」「わが眼鏡に間違いはない」と言い得るような
      境地に達したいものだ、と説明されています。
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       神門
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       拝殿
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     本殿(千木は垂直切り、鰹木は5本の男神造りで16弁菊花紋がついています)
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     本殿左の八幡社(15代応神天皇)と右の天照皇大御神社(天照大神)
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     西側の境内社、蛭子社(蛭子神)と出雲大社(大国主神)
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     北側の境内社、楠宮稲荷社(倉稲魂神)
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     楠宮稲荷社裏の楠鷹稲荷社
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     楠宮稲荷社の大楠の神木(赤エイの化身と伝えられる。絵馬に赤エイの絵。)
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     東側の境内社、月読社(月読神)と松尾社(大山咋神・春日大神)
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     遥拝所(神籬 ひもろぎ) 古式の神社には神籬があります。
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 県指定重要無形民俗文化財で室町時代から続く「追儺式神事」が有名です。追儺(ついな)とは、「おにやらい」「おにおい」と云い、我国では文武天皇時代より毎年大晦日に、大祓の年中行事で、現在各家庭で行なわれている豆まき行事のことである。鬼を追い払い、立春の新年の家内安全、無病息災を願うのがこの行事の目的である。元来、大晦日に行なわれたものであるが、今日では大陽暦採用の関係上、春の節分に行ない、翌日の立春(旧暦では新年を意味する)を祝い迎える行事となった。
 楠宮稲荷社裏の大楠の御神木は病気平癒や痔のご利益でも有名です。
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by enki-eden | 2013-05-01 00:18