2013年 05月 18日
廣田神社(西宮)
兵庫県西宮市大社町7‐7 電話:0798-74-3489 無料駐車場あります。
主祭神: 天照大神荒魂(撞賢木厳之御魂天疎向津媛命)
(つきさかきいつのみたまあまさかるむかつひめのみこと)
脇殿:第一脇殿 住吉大神、 第二脇殿 八幡大神、
第三脇殿 諏訪健御名方大神、 第四脇殿 高皇産霊大神。
社殿は美しく豪壮な神明造り(本殿は伊勢神宮遷宮時に譲渡を受けた)、
創建は神功皇后2年、皇后の命により山背根子の娘・葉山媛が祀る。
神功皇后が新羅遠征(363年)の帰り道、難波の海で船が海上を回って進むことができなくなった。そのため、武庫川の河口のあたりに向かい、皇后は神に祈りを捧げた。すると、「わが荒魂を皇后の近くに置くのは良くない、広田国の地に置くのがよい」と。そこで、天照大神の荒魂(撞賢木厳之御魂天疎向津媛命)を山背根子の娘・葉山媛に祀らせたという。(364年頃)
勝運、開運、厄除の神で、毎年阪神タイガースが必勝祈願に参拝する。当地から見て平安京は北東(寅の方角)にあるので、平安京を鎮護するために当神社では虎が祀られるようになったという。
私見ですが、神功皇后の生年は330年頃で363年頃に摂政となり、389年頃に崩御。
今日までは かくて暮らしつ 行末を 恵みひろたの 神に任せん
(藤原頼実 1155年~1225年)
をしなぺて 心広田の 神ならば かヽるうき身を 恵まさらめや
(二条院三河内侍 にじょういんのみかわのないし)
境内から遠方に甲山(309m)を望む。
神功皇后が国家平安のため山頂に兜を奉納したと言う伝承があるが、
山頂からは昭和49年に銅戈(どうか)が出土している。

大鳥居

第一の神門

第二の神門

神門を進み、右に曲がると拝殿ですが、途中に「ご神水」の湧き水があります。

拝殿

拝殿から本殿を望む
伊勢神宮の荒祭宮(あらまつりのみや)旧社殿を1956年に移築したもの。

拝殿両側に翼殿があり、向かって右に第一脇殿、第二脇殿の遥拝所。

左に第三脇殿、第四脇殿の遥拝所がある。

拝殿左に伊和志豆神社(いわしずじんじゃ)
祭神は伊和志豆大神。9代開化天皇の皇子・日子坐王の可能性がある。
ヒコイマスノキミは神功皇后の4代前の先祖である。日子坐王は近江に移住し
息長氏と組む。妃は息長水依比売で子は丹波道主王(丹波将軍)、孫は
日葉酢姫で11代垂仁天皇皇后。

伊和志豆神社の横に五社(八坂神社、子安神社、春日神社、地神社、稲荷神社)

松尾神社(祭神:大山咋命)

拝殿に向かって右側に斎殿神社(ときどのじんじゃ)
天照大神の荒魂を祀った葉山媛を祀る。

境内の看板(4世紀頃の古代の入り江は当神社の近くまできていた。)

印南神吉 メールはこちらへ nigihayahi7000@yahoo.co.jp
主祭神: 天照大神荒魂(撞賢木厳之御魂天疎向津媛命)
(つきさかきいつのみたまあまさかるむかつひめのみこと)
脇殿:第一脇殿 住吉大神、 第二脇殿 八幡大神、
第三脇殿 諏訪健御名方大神、 第四脇殿 高皇産霊大神。
社殿は美しく豪壮な神明造り(本殿は伊勢神宮遷宮時に譲渡を受けた)、
創建は神功皇后2年、皇后の命により山背根子の娘・葉山媛が祀る。
神功皇后が新羅遠征(363年)の帰り道、難波の海で船が海上を回って進むことができなくなった。そのため、武庫川の河口のあたりに向かい、皇后は神に祈りを捧げた。すると、「わが荒魂を皇后の近くに置くのは良くない、広田国の地に置くのがよい」と。そこで、天照大神の荒魂(撞賢木厳之御魂天疎向津媛命)を山背根子の娘・葉山媛に祀らせたという。(364年頃)
勝運、開運、厄除の神で、毎年阪神タイガースが必勝祈願に参拝する。当地から見て平安京は北東(寅の方角)にあるので、平安京を鎮護するために当神社では虎が祀られるようになったという。
私見ですが、神功皇后の生年は330年頃で363年頃に摂政となり、389年頃に崩御。
今日までは かくて暮らしつ 行末を 恵みひろたの 神に任せん
(藤原頼実 1155年~1225年)
をしなぺて 心広田の 神ならば かヽるうき身を 恵まさらめや
(二条院三河内侍 にじょういんのみかわのないし)
境内から遠方に甲山(309m)を望む。
神功皇后が国家平安のため山頂に兜を奉納したと言う伝承があるが、
山頂からは昭和49年に銅戈(どうか)が出土している。

大鳥居

第一の神門

第二の神門

神門を進み、右に曲がると拝殿ですが、途中に「ご神水」の湧き水があります。

拝殿

拝殿から本殿を望む
伊勢神宮の荒祭宮(あらまつりのみや)旧社殿を1956年に移築したもの。

拝殿両側に翼殿があり、向かって右に第一脇殿、第二脇殿の遥拝所。

左に第三脇殿、第四脇殿の遥拝所がある。

拝殿左に伊和志豆神社(いわしずじんじゃ)
祭神は伊和志豆大神。9代開化天皇の皇子・日子坐王の可能性がある。
ヒコイマスノキミは神功皇后の4代前の先祖である。日子坐王は近江に移住し
息長氏と組む。妃は息長水依比売で子は丹波道主王(丹波将軍)、孫は
日葉酢姫で11代垂仁天皇皇后。

伊和志豆神社の横に五社(八坂神社、子安神社、春日神社、地神社、稲荷神社)

松尾神社(祭神:大山咋命)

拝殿に向かって右側に斎殿神社(ときどのじんじゃ)
天照大神の荒魂を祀った葉山媛を祀る。

境内の看板(4世紀頃の古代の入り江は当神社の近くまできていた。)

by enki-eden
| 2013-05-18 00:15

