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古代史探訪 enkieden.exblog.jp

神社、遺跡めぐり   1943年生   印南神吉 (いんなみかんき)


by enki-eden
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蹈鞴(たたら)製鉄①

 鉄分の多い水辺で育った葦・稲・薦(こも)・茅(かや)の茎周りには、鉄分が徐々に固まって筒状のスズができる。スズ(鈴)は褐鉄鉱ですから鉄の原料となります。砂鉄よりも低い温度(900度)で還元でき、砂鉄に比べると品質は悪いですが、野蹈鞴でも鉄を作る事ができるというメリットがあります。用途は限られ、矢じりなどに使われます。
 野蹈鞴(野焼き、露天蹈鞴)を行なうには、スズの付いた水辺の葦などを引き抜いて山積みにします。乾燥してから火をつけて燃やす。そうすると葦は灰になり、茎についていた鉄分が残される。または、葦の茎についた鉄分の塊りを取り、蹈鞴で鉄をつくる。
 水辺の葦などを引き抜いて山積みにすることから、「山」の枕詞は「あしびきの」になりました。
    あしびきの 山鳥(やまどり)の尾の しだり尾の 長々し夜を ひとりかも寝む 
       柿本人麿
 
 日本列島は火山噴火による砂鉄(磁鉄鉱)が多いですから、山・川・浜の砂鉄を鉄穴流し(かんなながし)で採取し、炉の中に木炭と砂鉄を交互に入れ、火をつけて密封し炉内を高温にします。そして、ふいご(吹子、鞴)を使って炉の内部に風を送り込み、温度をより高くして酸化還元のスピードを早めます。木炭に酸化鉄の酸素を化合させて鉄を作り出すのです。

 古代において、「蹈鞴製鉄」は「子を出産する」話として記される場合があります。蹈鞴製鉄で「鉄を取り出す作業」が「出産の場面」として描かれているのです。取り出された「鉄」が「子」です。できた鉄が、「良い鉄」であれば「天津神の子」、「あまり良くない鉄」であれば「国津神の子」、「失敗作の悪い鉄」であれば「蛭子」と表現されています。蛭子は舟に乗せて川に流されますので、失敗作の悪い鉄や鉄滓は「金糞」と呼ばれて捨てられるのです。

 日本書紀神代上の「国生み」
 製鉄と出産の関わりでは、「子」だけでなく「国」も生みます。
 伊弉諾尊と伊弉冉尊が国土を生もうとされた。そこで陰陽が初めて交合して夫婦となった。子が生まれるときに、まず淡路洲が第一番に生まれたが、不満足な出来であった。それから大日本豊秋津洲(おおやまととよあきつしま)を生んだ。次に伊予の二名洲(四国)、次に筑紫洲(九州)、次に億岐洲と佐度洲を双児に生んだ。次に越洲(北陸)、次に大洲(山口県大島)、次に吉備子洲(児島半島)を生んだ。これによって初めて大八洲国(おおやしまのくに)の名ができた。
 次に風の神、倉稲魂命、海の神(少童命 わたつみ)、山の神(山祇 やまつみ)、海峡の神(速秋津日命 はやあきつひ)、木の神(句句廼馳 くくのち)、土の神(埴安神 はにやすのかみ)、そして後に万物が生まれた。
 火の神(軻遇突智 かぐつち)が生まれるとき、伊弉冉尊は身を焼かれておかくれになった。伊弉諾尊は長い剣で軻遇突智を切って三つに断たれた。すると多くの神々が次々に生まれてきた。

 
 これは蹈鞴の使用を通じて広域統合の始まりを意味します。伊弉諾尊と伊弉冉尊が国生み(国の建設・統合支配)を行い、蹈鞴製鉄を全国に広めました。火の神・軻遇突智の後に生まれてきた多くの神々は製鉄・金属加工の神々です。製鉄・加工を生業とする職人を育てたのでしょう。この倭国統合には素戔嗚・五十猛・饒速日・大己貴(大国主)・少彦名など出雲系の協力が必要でした。
 2世紀後半の倭国乱により、伊弉諾尊は淡路島の津名郡一宮に隠遁し、ここで亡くなりました。一宮の北東10kmにある淡路市黒谷の弥生時代後期の竪穴式住居跡「五斗長垣内(ごっさかいと)遺跡」が、国内最大規模の鉄器製造群落と確認されています。

印南神吉   メールはこちらへ  nigihayahi7000@yahoo.co.jp


by enki-eden | 2013-05-23 00:21