古代史探訪

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舞子浜遺跡

 神戸市垂水区東舞子町の兵庫県立舞子公園内にあります。
 舞子公園内からは、縄文・弥生時代の土器石器とともに、古墳時代の埴輪棺が砂浜に点在して発見されました。円筒埴輪を連結し、蓋(きぬがさ)形埴輪でふたをし、丁寧に埋葬されていたようです。埴輪棺は近畿地方の95カ所で出土しています。
 舞子公園の東へ1kmにある五色塚古墳で使用されている埴輪と同一規格で作られており、同じ職人が製作したのでしょうか。
 五色塚古墳は王墓で、舞子浜遺跡はその支配下住民の集団墓地でしょう。出土物は神戸市埋蔵文化財センターで保管・展示されています。
   左が五色塚古墳出土の鰭付朝顔形円筒埴輪(4世紀)、右が舞子浜遺跡出土の
   鰭付円筒埴輪(4世紀)です。(神戸市埋蔵文化財センター展示)
 
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     青のアイコンが舞子浜遺跡、黄色が五色塚古墳


 円筒棺と古墳の墳丘にある円筒埴輪は似ていますが、どちらの使用が古いのでしょうか。円筒棺が先で、後から古墳に使うようになったのかもしれません。
 円筒埴輪の元は弥生時代中期の吉備国の祭祀に始まりました。吉備国の祭祀では収穫物を入れる壷とそれを乗せる器台が使われていました。弥生時代後期になると器台が筒型になり、弧帯文の文様が刻まれて、器台の高さも1m前後にまで大きくなりました。これを特殊器台と呼んでいますが、吉備国から大和国に伝わり円筒埴輪に進化していきました。特にメスリ山古墳の巨大な特殊円筒埴輪が有名です。
 メスリ山古墳出土の特殊円筒埴輪(橿原考古学研究所付属博物館の入り口に復元展示)、被葬者は東海将軍の武渟川別命(たけぬなかわわけ、3世紀後半に活躍)と考えられます。安倍氏の祖です。
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 今城塚古代歴史館(大阪府高槻市郡家新町48‐8)では「大円筒埴輪展」が実施されています。7月13日から9月1日までです。今城塚古墳については1月10日投稿の記事をご覧ください。
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 弥生時代から古墳時代初期は王や豪族が亡くなると殉葬がありました。使用人を生きたまま王墓に埋めるのです。西暦247年頃に亡くなった卑弥呼の墓には100人が殉葬されたようです。有力豪族が亡くなった場合でも数十人が殉葬されたことでしょう。
 11代垂仁天皇の皇后日葉酢媛(ひばすひめ)が亡くなった時(西暦330年頃)に、野見宿禰が「殉葬を止めて埴輪に替えましょう。」と進言して天皇がこれを認めました。それで陵墓に埴輪を立てて殉葬の替わりとしました。埴輪は立物(たてもの)とも言われました。
 日葉酢媛陵については4月8日(月)投稿の「神功皇后陵」の中で取り上げていますのでご覧ください。

   舞子浜遺跡出土の円筒棺に葬られた人(4世紀、神戸市埋蔵文化財センター展示)
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   舞子浜遺跡はJR舞子駅の南にある県立舞子公園で見つかりました。
   明石海峡大橋の真下です。
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     現在は舞子公園の松林の中に案内板があるだけです。
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     孫文記念館(移情閣)
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     旧武藤山治邸(旧鐘紡舞子倶楽部)の洋館
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   公園の東には「シーサイドホテル舞子ビラ神戸」があります。
   ホテルからの景色は昼夜とも抜群ですよ。
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by enki-eden | 2013-07-28 00:02