古代史探訪

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丹波国の考古学

 兵庫五国の考古学3回目は丹波国の考古学です。兵庫県立考古博物館で8月3日(土)に講演会が行われました。講師は篠山市教育委員会の植木 友氏でした。
       兵庫県立考古博物館
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        兵庫五国
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 「丹波(たんば)」の由来は、和名類聚抄に「太迩波(たには)」と載っています。「田庭」か「谷端」の意味でしょうか。丹波の地勢は篠山盆地(篠山川)、亀岡盆地(大堰川 おおいがわ)、福知山盆地(由良川)に分かれています。
 丹波国の郡は多紀郡(たきぐん)、氷上郡(ひかみぐん)、桑田郡、船井郡、何鹿郡(いかるがぐん)、天田郡(あまだぐん)です。
 植木氏は丹波国の中の篠山盆地における考古学について話してくれました。
 丹波山地に囲まれた篠山盆地の中央は湖だったが、縄文時代に排水され盆地になったようです。
     篠山市の位置
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     上空から見た篠山盆地
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 旧石器時代の板井寺ヶ谷遺跡、縄文時代の藤岡山遺跡(縄文土器)と波賀野遺跡(集落遺構)があります。
     縄文時代の篠山盆地
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 弥生時代前期には岩崎四ノ坪遺跡と口坂本遺跡(稲作のはじまり)、中期の桂ヶ谷遺跡(播磨系のイチマル型中央土坑を持つ竪穴住居)、後期のずえが谷遺跡(日本海系の墳墓)と内場山墳丘墓(素環頭太刀など副葬品・篠山盆地最初の首長墓)があります。
     弥生時代の篠山盆地・桂ヶ谷遺跡の大規模集落
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     弥生時代の大規模集落・桂ヶ谷遺跡(播磨系の影響)
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     弥生時代の墳墓(日本海系の影響)
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     最初の首長墓・内場山墳丘墓(副葬品が多い)
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 古墳時代には雲部車塚古墳(兵庫県第2位の前方後円墳で宮内庁陵墓参考地)、北条古墳(30mの方墳)、新宮古墳(篠山盆地最大の円墳)などがあります。
  古墳時代・雲部車塚古墳(158m、陵墓参考地、被葬者は丹波道主命か?)
  丹波道主命は3世紀後半から4世紀始めに活躍し、10代祟神天皇の丹波将軍に
  なりました。9代開化天皇の孫で、11代垂仁天皇皇后・日葉酢媛の父です。
  雲部車塚古墳は5世紀初頭に築造と推定されていますので、15代応神天皇の
  頃です。4世紀前半に亡くなった丹波道主とは時代が合いませんがねぇ…
  古墳の両脇に陪塚がありますので車のように見えることから車塚と呼ばれています。
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   兵庫県立考古博物館で4月に展示された雲部車塚古墳の石棺レプリカ
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     雲部車塚古墳を明治29年に調査しました。
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     中世の丹波焼窯跡(日本六古窯の一つ)
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 丹波篠山といえば、丹波黒大豆、丹波栗、松茸、ぼたん鍋、デカンショ祭、丹波焼き、篠山城、落語の桂文珍などでしょうか。一度行ってみたいですね。車塚古墳には行きましょう!
 由緒ある神社があるか探しておきますが、とりあえず丹波の地図を見ますと、住吉神社が多いです。篠山市今田町一帯は住吉大社の荘園「小野原荘」でした。
 多紀郡(特に今田町)から加東郡・小野市へかけて住吉神社の分布が多いのは、住吉大社の椅鹿山領(はしかやまりょう)がこのあたりにあったからだそうです。播磨の地図を見ますと大歳神社が多いですが、住吉神社も多いです。

 住吉神社で思い出しましたが、京都府宮津市中野に鎮座の籠神社奥宮真名井神社の背後の山は神体山として禁足地になっており、磐座があります。磐座に石碑(下の写真)があり、塩土老翁(亦名住吉同体・大綿津見神・亦名豊受大神)とあります。塩土老翁は大綿津見神であり、亦の名を住吉大神・豊受大神ともいう、四神が同じ神であると表記しているのです。
 本当に同じ神かもしれませんが、四神をそれぞれに祀る部族が姻戚や同盟により同族になって、それぞれの祖神を異名同神にしたということでしょう。
 籠神社については1月24日に投稿の記事を御覧ください。
       真名井神社背後の神体山の石碑
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by enki-eden | 2013-08-07 00:02