2013年 09月 09日
吉備津彦神社
吉備の中山
吉備津神社や吉備津彦神社は、「吉備の中山(標高175m)」の麓に鎮座しています。「吉備の中山」は吉備の中心に位置し、人々から崇められていました。「吉備の中心」に位置していたことからその名がついたと言われています。多くの古墳や磐座祭祀跡が残っており、古代から神体山としての信仰がなされていました。
本来の吉備は、現在の備前・備中・備後・美作(みまさか)から成っていました。吉備の勢力が大きすぎるために、大和朝廷によって細分され、力が分散されました。7世紀後半に備前国、備中国、備後国に分割され、713年に備前国から美作国が分離されました。
吉備の中山は備前と備中の境にあります。太古より神奈備山として崇められていた「吉備の中山」を二つに分ける形で備前と備中の国境を定めました。備前も備中も、その国の一宮を吉備中山の麓に置きました。
吉備津彦神社の駐車場横に桃太郎の像があります。

吉備中山の中央にある茶臼山頂上(162m)には10代祟神天皇の四道将軍・大吉備津彦命の墳墓(中山茶臼山古墳、前方後円墳)があり、西北麓(備中)に吉備津神社、北東麓(備前)に吉備津彦神社が鎮座しています。
大吉備津彦命陵


真金吹く 吉備の中山 帯にせる 細谷川の 音のさやけさ
古今和歌集
吉備津彦神社
岡山市北区一宮1043 電:086-284-0031 備前国一の宮 無料駐車場あり
祭神: 大吉備津彦命(おおきびつひこのみこと)
相殿: 吉備津彦命(きびつひこのみこと、稚武吉備津彦命・大吉備津日子命の御子)
第7代孝霊天皇(こうれいてんのう、大吉備津日子命の父)
第8代孝元天皇(こうげんてんのう、大吉備津日子命の異母兄弟)
第9代開化天皇(かいかてんのう、孝元天皇の御子)
第10代崇神天皇(すじんてんのう、開化天皇の御子)
彦刺肩別命(ひこさしかたわけのみこと、大吉備津日子命の実兄)
大倭迹々日百襲比賣命(おおやまとととひももそひめのみこと)
(大吉備津日子命の姉)
大倭迹々日稚屋比賣命(おおやまとととひわかやひめのみこと)
(大吉備津日子命の妹)
天足彦国押人命(6代孝安天皇の兄、妃は海部氏の宇那比姫)
大山咋命(大歳命の子)
金山彦大神(かなやまひこのおおかみ)(鉱山や金属業の祖神)
吉備津神社や吉備津彦神社は、「吉備の中山(標高175m)」の麓に鎮座しています。「吉備の中山」は吉備の中心に位置し、人々から崇められていました。「吉備の中心」に位置していたことからその名がついたと言われています。多くの古墳や磐座祭祀跡が残っており、古代から神体山としての信仰がなされていました。
本来の吉備は、現在の備前・備中・備後・美作(みまさか)から成っていました。吉備の勢力が大きすぎるために、大和朝廷によって細分され、力が分散されました。7世紀後半に備前国、備中国、備後国に分割され、713年に備前国から美作国が分離されました。
吉備の中山は備前と備中の境にあります。太古より神奈備山として崇められていた「吉備の中山」を二つに分ける形で備前と備中の国境を定めました。備前も備中も、その国の一宮を吉備中山の麓に置きました。
吉備津彦神社の駐車場横に桃太郎の像があります。

吉備中山の中央にある茶臼山頂上(162m)には10代祟神天皇の四道将軍・大吉備津彦命の墳墓(中山茶臼山古墳、前方後円墳)があり、西北麓(備中)に吉備津神社、北東麓(備前)に吉備津彦神社が鎮座しています。
大吉備津彦命陵


真金吹く 吉備の中山 帯にせる 細谷川の 音のさやけさ
古今和歌集
吉備津彦神社
岡山市北区一宮1043 電:086-284-0031 備前国一の宮 無料駐車場あり
祭神: 大吉備津彦命(おおきびつひこのみこと)
相殿: 吉備津彦命(きびつひこのみこと、稚武吉備津彦命・大吉備津日子命の御子)
第7代孝霊天皇(こうれいてんのう、大吉備津日子命の父)
第8代孝元天皇(こうげんてんのう、大吉備津日子命の異母兄弟)
第9代開化天皇(かいかてんのう、孝元天皇の御子)
第10代崇神天皇(すじんてんのう、開化天皇の御子)
彦刺肩別命(ひこさしかたわけのみこと、大吉備津日子命の実兄)
大倭迹々日百襲比賣命(おおやまとととひももそひめのみこと)
(大吉備津日子命の姉)
大倭迹々日稚屋比賣命(おおやまとととひわかやひめのみこと)
(大吉備津日子命の妹)
天足彦国押人命(6代孝安天皇の兄、妃は海部氏の宇那比姫)
大山咋命(大歳命の子)
金山彦大神(かなやまひこのおおかみ)(鉱山や金属業の祖神)
社殿は、夏至の日に正面鳥居から朝日が差し込んで社殿の鏡に当たる造りになっているので、別称「朝日の宮」という。

神社の由来によりますと、「当神社は古代より背後の吉備の中山に巨大な天津磐座・磐境(神域を示す列石)を有し、山全体が神の山として崇敬されてきました。第10代崇神天皇の御世に四道将軍として遣わされた大吉備津彦命もこの山に祈り、吉備の国を平定し、現人神として崇められました。諸民と国を深く愛し、永住された吉備中山の麓の屋敷跡に社殿が建てられたのが当神社のはじまりとなります。
大和朝廷から派遣された大吉備津彦命が吉備の地を平定するに際して、渡来人として吉備の国に製鉄文化をもたらした温羅(うら)との戦いが、童話「桃太郎」の物語として今に伝承されています。また、邪馬台国の女王・卑弥呼とは大吉備津彦命の姉である大倭迹々日百襲比賣命ともいわれています。」とあります。
吉備は製鉄の盛んな国でした。原料の鉄資源が豊富にあったからです。奈良時代以前には、原料として鉄鉱石と砂鉄の両方を使用していました。
砂鉄は中国山地の花崗岩地帯で「鉄穴流し」により採取できますので、中国山地沿いの遺跡では砂鉄を原料とした鉄生産が確認できますが、遺跡数は鉄鉱石の遺跡には遠く及びません。吉備には鉄鉱石の埋蔵量が豊富でしたので、奈良時代以前の製鉄原料は砂鉄よりも鉄鉱石の方が多かったのです。
しかし豊富な鉄鉱石も枯渇し、平安時代後半以降は砂鉄のみを原料とするようになりました。713年に備前北部の花崗岩地帯が美作として分国されましたので、備前では鉄鉱石が枯渇した時(9世紀頃か)に、原料の砂鉄が調達できなくなってしまいました。
それで備前国の大和朝廷への納税(調=産物の貢ぎ)は他国から鉄を仕入れて納めたり、品目を鉄から糸などへ変えていきました。しかし、鉄生産に従事していた備前の職人たちに新しいチャンスも現れました。武士階級の出現により刀剣類の需要が高まったのです。
鉄(玉鋼 たまはがね)を仕入れて刀鍛冶で生計を立てるのです。備前長船(おさふね)の刀鍛冶が頭角を現しました。国宝や重要文化財に指定されている刀剣の半数が備前で作られたようです。
備前長船刀剣博物館(岡山県瀬戸内市長船町長船966、吉井川の東)では刀剣の展示や古式鍛錬の実演を公開しています。佐々木小次郎の愛刀は「備前長船長光」です。
鳥居(後は吉備中山)

亀島神社(市寸島比売命、いちきしまひめのみこと)

五色島環状列石

細石

新しく石造物が建設中

随神門

拝殿(昔から拝殿前に鈴がないそうです)、右にご神木の平安杉

ご神木の平安杉(樹齢千年以上)

拝殿内

左横から拝殿(手前)と祭文殿

左横から渡殿(手前)と本殿

本殿を右から望む(千木は垂直切り、鰹木は2本)

本殿右に神籬(ひもろぎ)

摂社の子安神社


摂社・末社



稲荷神社鳥居

稲荷神社参道途中に温羅神社が鎮座。温羅の和魂(うらのにぎみたま)

稲荷神社(倉稲魂命、うかのみたまのみこと)

拝殿(5年前に撮影、外国人男性と日本人女性の結婚式がありました。)



左横から本殿と渡殿(5年前の春に撮影、桃が満開でした。)

印南神吉 メールはこちらへ nigihayahi7000@yahoo.co.jp

神社の由来によりますと、「当神社は古代より背後の吉備の中山に巨大な天津磐座・磐境(神域を示す列石)を有し、山全体が神の山として崇敬されてきました。第10代崇神天皇の御世に四道将軍として遣わされた大吉備津彦命もこの山に祈り、吉備の国を平定し、現人神として崇められました。諸民と国を深く愛し、永住された吉備中山の麓の屋敷跡に社殿が建てられたのが当神社のはじまりとなります。
大和朝廷から派遣された大吉備津彦命が吉備の地を平定するに際して、渡来人として吉備の国に製鉄文化をもたらした温羅(うら)との戦いが、童話「桃太郎」の物語として今に伝承されています。また、邪馬台国の女王・卑弥呼とは大吉備津彦命の姉である大倭迹々日百襲比賣命ともいわれています。」とあります。
吉備は製鉄の盛んな国でした。原料の鉄資源が豊富にあったからです。奈良時代以前には、原料として鉄鉱石と砂鉄の両方を使用していました。
砂鉄は中国山地の花崗岩地帯で「鉄穴流し」により採取できますので、中国山地沿いの遺跡では砂鉄を原料とした鉄生産が確認できますが、遺跡数は鉄鉱石の遺跡には遠く及びません。吉備には鉄鉱石の埋蔵量が豊富でしたので、奈良時代以前の製鉄原料は砂鉄よりも鉄鉱石の方が多かったのです。
しかし豊富な鉄鉱石も枯渇し、平安時代後半以降は砂鉄のみを原料とするようになりました。713年に備前北部の花崗岩地帯が美作として分国されましたので、備前では鉄鉱石が枯渇した時(9世紀頃か)に、原料の砂鉄が調達できなくなってしまいました。
それで備前国の大和朝廷への納税(調=産物の貢ぎ)は他国から鉄を仕入れて納めたり、品目を鉄から糸などへ変えていきました。しかし、鉄生産に従事していた備前の職人たちに新しいチャンスも現れました。武士階級の出現により刀剣類の需要が高まったのです。
鉄(玉鋼 たまはがね)を仕入れて刀鍛冶で生計を立てるのです。備前長船(おさふね)の刀鍛冶が頭角を現しました。国宝や重要文化財に指定されている刀剣の半数が備前で作られたようです。
備前長船刀剣博物館(岡山県瀬戸内市長船町長船966、吉井川の東)では刀剣の展示や古式鍛錬の実演を公開しています。佐々木小次郎の愛刀は「備前長船長光」です。
鳥居(後は吉備中山)

亀島神社(市寸島比売命、いちきしまひめのみこと)

五色島環状列石

細石

新しく石造物が建設中

随神門

拝殿(昔から拝殿前に鈴がないそうです)、右にご神木の平安杉

ご神木の平安杉(樹齢千年以上)

拝殿内

左横から拝殿(手前)と祭文殿

左横から渡殿(手前)と本殿

本殿を右から望む(千木は垂直切り、鰹木は2本)

本殿右に神籬(ひもろぎ)

摂社の子安神社


摂社・末社



稲荷神社鳥居

稲荷神社参道途中に温羅神社が鎮座。温羅の和魂(うらのにぎみたま)

稲荷神社(倉稲魂命、うかのみたまのみこと)

拝殿(5年前に撮影、外国人男性と日本人女性の結婚式がありました。)



左横から本殿と渡殿(5年前の春に撮影、桃が満開でした。)

by enki-eden
| 2013-09-09 00:17

