2013年 09月 15日
海神社(わたつみじんじゃ、かいじんじゃ)
兵庫県神戸市垂水区宮本町5‐1 電:078-707-0188 有料駐車場があります。
祭神: 底津綿津見神、中津綿津見神、上津綿津見神(綿津見三神)
配祀: 大日孁貴尊(おおひるめのむちのみこと、天照大神)
創建: 神功皇后の時代(4世紀後半)
創建理由は、廣田神社(西宮市)・生田神社(神戸市)・長田神社(神戸市)・住吉大社(大阪市)・住吉神社(明石市魚住町)などと同様で神功皇后関連です。

由緒:
神功皇后が新羅遠征(363年)からの帰路、暴風雨で船を進めることができなくなりました。神功皇后が綿津見三神をお祀りし祈願したところ、たちどころに風波がおさまり無事に出港できました。 綿津見三神をお祀りした所に社を建て、御神徳を仰いだのが鎮座の由来です。この御神徳により、航海安全・漁業繁栄の神として仰がれ、交通安全の神としても仰がれています。
祭神: 底津綿津見神、中津綿津見神、上津綿津見神(綿津見三神)
配祀: 大日孁貴尊(おおひるめのむちのみこと、天照大神)
創建: 神功皇后の時代(4世紀後半)
創建理由は、廣田神社(西宮市)・生田神社(神戸市)・長田神社(神戸市)・住吉大社(大阪市)・住吉神社(明石市魚住町)などと同様で神功皇后関連です。

由緒:
神功皇后が新羅遠征(363年)からの帰路、暴風雨で船を進めることができなくなりました。神功皇后が綿津見三神をお祀りし祈願したところ、たちどころに風波がおさまり無事に出港できました。 綿津見三神をお祀りした所に社を建て、御神徳を仰いだのが鎮座の由来です。この御神徳により、航海安全・漁業繁栄の神として仰がれ、交通安全の神としても仰がれています。
垂水漁港の海神丸。神社前の垂水漁港の漁船は全て「海神丸」です。
漁船には海神社の神紋と神社名の入った旗を揚げているのがあります。

漁港から明石海峡大橋や淡路島を望む。

綿津見大神(綿津見豊玉彦)の娘・豊玉姫は彦火々出見尊の妃として、鵜草葦不合尊(うがやふきあえずのみこと)を出産。そのとき大変安産であったところから、安産の神でもあり、彦火々出見尊は満珠干珠(みつたまひるたま)の霊力によって水を司り、水産業・農業など水によって生計を立てる人の守護神であり、開運厄除の神です。
ところが、綿津見大神と綿津見三神は別神となっています。住吉三神も別神です。別神ではなく同神という説もあります。
京都府宮津市に鎮座の籠神社奥宮真名井神社に禁足地があります。そこの塩土老翁石碑には、塩土老翁(大綿津見神、亦名住吉同体、亦名豊受大神)とあります。

古代の豪族が部族ごとに祀っている神を姻戚関係や同盟関係により、それぞれの先祖神を異名同体として結束を固めたという形跡はあります。物部氏の祖神・饒速日と海部氏・尾張氏の祖神・天火明を同神とした神名は天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊という長い名前になっています。
海神社の西方約550mの所には兵庫県最大の前方後円墳である五色塚古墳があり、築造は4世紀末頃で海上航路の重要地である明石海峡を望む高台に造られています。
この墳丘を覆っていた茸石は、明石海峡対岸の淡路島から運んできたものです。このことから被葬者は、本州淡路両岸で海運・漁業に従事していた人々を治めていた豪族でしょう。
古代から海運・漁業に従事した人々がこの地に多く居住しており、安曇・海部などの海人族が綿津見大神を祀っていたのが海神社の始まりのようです。安曇氏は綿津見神の子・宇都志日金柝命(穂高見命)の子孫です。安曇(アヅミ)はアマツミで綿津見と同じです。
五色塚古墳(神戸市教育委員会のパンフレット)

海神社の神紋は波に菊

海岸の垂水漁港に赤い大鳥居があります。海側にも陸側にも扁額があり、
海側の扁額には「海神社」、陸側には「綿津見神社」とあります。



国道2号線を渡って境内入口には石造の鳥居があり、扁額には「海神社」とあります。
その横に「國幣中社 海神社」の社号標があります。



鳥居を入ると狛犬が左右に2体づつ睨みを効かせています。

うしろを振り返ります。

手水舎の龍

拝殿と扁額


本殿(千木は垂直切り、鰹木は5本)

拝殿左奥の境内社は、蛭子・猿田彦・稲荷を合わせ祀ったものです。



左右に狛犬と狐(稲荷)の2体づつです。

参道に七福神

拝殿右奥に天神社(学問の神様)


海神社は伊和神社(宍粟市)、粒坐天照神社(いいぼにますあまてらすじんじゃ、たつの市)とともに播磨三大社になっています。
海神社の秋祭り(10月10日~12日、海上渡御祭は12日)では、船の航海の安全や漁業が栄える事を主として祈願します。大掛かりな御神輿巡幸です。
どこの神社でも行列を先導するのは矛を持った猿田彦(天狗)ですねぇ。1月9日~11日の3日間、「えびす祭り」が行われます。海老(エビ)の古語はエビスで、スが落ちたそうです。えべっさんは海老で鯛を釣るから恵比寿と言うのでしょうか? えべっさんはいつでも右手に釣竿、左手に大鯛を抱えています。

海神社は神戸市垂水区にありますが、志賀 剛著「神名の語源辞典」によりますと、「垂水(たるみ)」は「たるむ」で、ゆるやかな低い丘などにタルミという地名が多い。「水が垂れると解するのは誤り」とあります。
神戸市垂水区は海から山の方へ向かって登り傾斜になっています。
垂水漁港に鎮座の濱ノ海神社(金刀比羅大権現)





印南神吉 メールはこちらへ nigihayahi7000@yahoo.co.jp
漁船には海神社の神紋と神社名の入った旗を揚げているのがあります。


漁港から明石海峡大橋や淡路島を望む。


綿津見大神(綿津見豊玉彦)の娘・豊玉姫は彦火々出見尊の妃として、鵜草葦不合尊(うがやふきあえずのみこと)を出産。そのとき大変安産であったところから、安産の神でもあり、彦火々出見尊は満珠干珠(みつたまひるたま)の霊力によって水を司り、水産業・農業など水によって生計を立てる人の守護神であり、開運厄除の神です。
ところが、綿津見大神と綿津見三神は別神となっています。住吉三神も別神です。別神ではなく同神という説もあります。
京都府宮津市に鎮座の籠神社奥宮真名井神社に禁足地があります。そこの塩土老翁石碑には、塩土老翁(大綿津見神、亦名住吉同体、亦名豊受大神)とあります。

古代の豪族が部族ごとに祀っている神を姻戚関係や同盟関係により、それぞれの先祖神を異名同体として結束を固めたという形跡はあります。物部氏の祖神・饒速日と海部氏・尾張氏の祖神・天火明を同神とした神名は天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊という長い名前になっています。
海神社の西方約550mの所には兵庫県最大の前方後円墳である五色塚古墳があり、築造は4世紀末頃で海上航路の重要地である明石海峡を望む高台に造られています。
この墳丘を覆っていた茸石は、明石海峡対岸の淡路島から運んできたものです。このことから被葬者は、本州淡路両岸で海運・漁業に従事していた人々を治めていた豪族でしょう。
古代から海運・漁業に従事した人々がこの地に多く居住しており、安曇・海部などの海人族が綿津見大神を祀っていたのが海神社の始まりのようです。安曇氏は綿津見神の子・宇都志日金柝命(穂高見命)の子孫です。安曇(アヅミ)はアマツミで綿津見と同じです。
五色塚古墳(神戸市教育委員会のパンフレット)

海神社の神紋は波に菊

海岸の垂水漁港に赤い大鳥居があります。海側にも陸側にも扁額があり、
海側の扁額には「海神社」、陸側には「綿津見神社」とあります。



国道2号線を渡って境内入口には石造の鳥居があり、扁額には「海神社」とあります。
その横に「國幣中社 海神社」の社号標があります。



鳥居を入ると狛犬が左右に2体づつ睨みを効かせています。

うしろを振り返ります。

手水舎の龍

拝殿と扁額


本殿(千木は垂直切り、鰹木は5本)

拝殿左奥の境内社は、蛭子・猿田彦・稲荷を合わせ祀ったものです。



左右に狛犬と狐(稲荷)の2体づつです。

参道に七福神

拝殿右奥に天神社(学問の神様)


海神社は伊和神社(宍粟市)、粒坐天照神社(いいぼにますあまてらすじんじゃ、たつの市)とともに播磨三大社になっています。
海神社の秋祭り(10月10日~12日、海上渡御祭は12日)では、船の航海の安全や漁業が栄える事を主として祈願します。大掛かりな御神輿巡幸です。
どこの神社でも行列を先導するのは矛を持った猿田彦(天狗)ですねぇ。1月9日~11日の3日間、「えびす祭り」が行われます。海老(エビ)の古語はエビスで、スが落ちたそうです。えべっさんは海老で鯛を釣るから恵比寿と言うのでしょうか? えべっさんはいつでも右手に釣竿、左手に大鯛を抱えています。

海神社は神戸市垂水区にありますが、志賀 剛著「神名の語源辞典」によりますと、「垂水(たるみ)」は「たるむ」で、ゆるやかな低い丘などにタルミという地名が多い。「水が垂れると解するのは誤り」とあります。
神戸市垂水区は海から山の方へ向かって登り傾斜になっています。
垂水漁港に鎮座の濱ノ海神社(金刀比羅大権現)





by enki-eden
| 2013-09-15 00:21

