古代史探訪

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98代長慶天皇

 96代後醍醐天皇(1288年-1339年)が初代足利幕府将軍足利尊氏(1305年-1358年)と対立して奈良県吉野に移り、尊氏は光厳天皇を立てる。南朝と北朝の南北朝時代となります。朝廷と幕府の戦乱時代でした。
 長慶天皇(1343年-1394年)は97代後村上天皇(1328年-1368年)の第一皇子で98代天皇・南朝の第3代天皇となる。三種の神器は南朝が保有していましたので南朝が正統でしょう。
 長慶天皇は北朝に対して強硬派であったので、穏健派の弟が擁立され、1384年に弟に譲位して99代後亀山天皇(1347年-1424年)が即位。長慶天皇は譲位後に全国各地を巡ったので、青森県から福岡県まで全国各地に御陵伝承地があります。和歌・文学の才能に優れており、著書に源氏物語の注釈書「仙源抄」があります。
 後亀山天皇は3代将軍足利義満(1358年-1408年)の和平案により、北朝の後小松天皇(1377年-1433年)に三種の神器を渡して譲位しました。後小松天皇は100代目として即位したが足利幕府の傀儡でした。

長慶天皇陵(嵯峨東陵、さがのひがしのみささぎ)
 京都市右京区嵯峨天竜寺角倉町に円墳の嵯峨東陵がある。隣に皇子の海門承朝(1374年-1443年、南禅寺住持)の墓所もあります。無料駐車場があります。
 桂川の北250mにあり、嵐山や渡月橋も近くにあります。



 長慶天皇の陵墓は確定できなかったが、1941年に慶寿院跡を整備して、1944年に嵯峨東陵と定めた。嵯峨東陵の南に安倍晴明公嵯峨墓所と角倉稲荷神社があります。

     長慶天皇嵯峨東陵
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     長慶天皇の皇子・承朝王墓
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     赤のアイコンが嵯峨東陵、黄が承朝王墓。

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by enki-eden | 2013-12-31 00:03