古代史探訪

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角倉稲荷神社(すみのくらいなりじんじゃ、京都市)

 京都市右京区嵯峨天竜寺角倉(すみのくら)町、 安倍晴明嵯峨墓所の東隣りです。
 駐車場がありませんので、長慶天皇陵に車を止めて行きます。

 町名も「角倉、すみのくら」です。角倉了以(1554年~1614年)は京都の豪商で、安南国(ヴェトナム)との朱印船貿易により莫大な財を成した。
 角倉了以は京都嵯峨の生まれで、京都の桂川(保津川、大堰川 おおいがわ)を私財で開削して丹波の産物を運んで富を築いた。また高瀬川も私財で開削し、水運を独占して更に財を成した。
 また幕命により富士川、天竜川などの開削も行った。商人としても優秀であったが、土木技師としても秀でていたので「水運の父」として有名です。
 邸宅はたくさんあったようですが、天竜寺角倉町9の旅館「花のいえ」は角倉了以の邸宅跡です。その中の「ごてんの間」だけは、約400年前の姿を今日に伝えています。

     赤のアイコンが角倉稲荷神社、黄が花のいえ、川は桂川


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   すぐ南には桂川が流れており、渡月橋がみえます。その向こうは嵐山です。
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by enki-eden | 2013-12-31 00:08