古代史探訪

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射楯兵主神社(いたてひょうずじんじゃ、兵庫県姫路市)①

播磨国総社、播磨国総鎮守の神社。
兵庫県姫路市総社本町190  電079-224-1111  駐車場は有料です。
祭神 射楯大神(いたてのおおかみ、五十猛尊)
    兵主大神(ひょうずのおおかみ、大国主命・伊和大神)



由緒 
 大和時代に射楯大神が飾磨郡因達里(姫路市新在家本町、姫路城の北西)に祀られており、欽明天皇25年(564年)に兵主大神が飾磨郡伊和里水尾山(姫路市山野井町、姫路城のすぐ西)に祀られる。
 787年に坂上田村麻呂が兵主大神を現在地の北方500m(姫路城の東)に遷座する。891年に射楯大神を合わせ祀ることになり、射楯兵主神社(式内社)と号す。
 1181年に播磨国16郡の明神174座を合祀し、播磨国総社と称する。
 1506年に赤松義村から「銅鐘」が寄進される。赤松義村は播磨の戦国大名で、播磨・備前・美作の3国を支配した。1968年に姫路市の重要文化財に指定されている。
 1581年羽柴秀吉が姫路城築城に際し、当社は現在地に遷座する。
 姫路城の城主からも「姫路城鎮護の社」として崇敬された。江戸時代には惣社伊和大明神と称していた。
 1945年に空襲で焼失、1965年に大復興、2006年に総社御門が復興した。

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播磨国
 7世紀に成立。大化改新後に針間国、明石国、針間鴨国の三国が統合されて播磨国となった。国府は現在の姫路市本町(射楯兵主神社の北隣りで、現在は姫路郵便局)にあったので射楯兵主神社が播磨国総社となった。
 播磨国一宮は兵庫県宍粟市の伊和神社である。
 播磨国風土記の原本は失われたが、三条西家に伝来した古写本があり、平安中期のもの。国宝となっており、奈良県の天理大学附属天理図書館が所蔵する。

     総社御門(楼門)と神使いの「みみづく」
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       社号標
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   総社御門の3階に上がると、国宝で世界文化遺産の姫路城が見える。
   姫路城修理工事が始まって5年ほど経つが、完成は2015年春の予定。
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 南参道の明神鳥居扁額(県指定重要有形文化財)。この形は滋賀県大津市の天孫神社で見たことがある。 2014年6月9日投稿の「天孫神社」をご覧ください。
 安芸の宮島に鎮座の厳島神社海上大鳥居の扁額も同じ形です。
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   総社御門の2階では20年に1度斎行される「三つ山大祭」のひな形を見物できます。
   実物の20分の1の大きさです。
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   三つ山祭礼図屏風の複製品
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       神社案内図(図の左側が北になる)
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       南門から入って振り返る。
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       神門
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       撫でみみづく(みみづくは射楯兵主神社の神使い)
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       手水舎
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       神馬と五葉の松
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       人形納め所
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    拝殿。左後ろに姫路郵便局が少しだけ見えるが、播磨国庁のあった所。
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       本殿
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       社務所
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       車祓所
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       長壁門
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       神輿殿
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       絵馬
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by enki-eden | 2014-08-23 00:22