古代史探訪

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村屋坐彌冨都比売神社(むらやにいますみふつひめじんじゃ)

大神神社別宮、森屋の宮、縁結びの神、延喜式内大社。
奈良県磯城郡田原本町蔵堂(くらどう)426  電0744-32-3308
  駐車場はないが、拝殿右横(東側)に車を停められる。
祭神 三穂津姫命(彌冨都比売命)、 配祀 大物主命 (夫婦神)
創建 10代崇神天皇の時代(300年頃)に伊香色雄命が三穂津姫命を祀る。
    11代垂仁天皇の時代(320年頃)に伊香色雄命の子・物部十市根命が
    大物主命を併せ祀る。
初瀬川(大和川)の西に鎮座。

   赤のアイコンが当社、
   纏向遺跡は青のアイコン、大神神社は黄、唐古・鍵遺跡は緑。


 高皇産霊尊の娘・三穂津姫命は大物主命の妃となり、当地に住んだと考えられる。島根県松江市の美保神社に三穂津姫命が祀られているが、出雲風土記に三穂津姫命の名はなく、大穴持命(大国主神)と奴奈川姫命の子・御穂須須美命が美保郷に坐すと記されているので、中世に美保神社の祭神が入れ替わったのかもしれない。

 当社の「村屋の森」(森屋の森、守屋の森)は奈良県天然記念物に指定されている。
33代推古天皇の時代(600年頃)に物部忍勝連公が当社の神主となり、現在も宮司は子孫の守屋広尚氏が務めている。
 古代の当地は纏向の西2kmにあり、物部氏の領地であったと考えられる。

 日本書紀によると、高皇産霊尊が大物主神に『お前がもし国つ神を妻とするなら、私はお前がなお心をゆるしていないと考える。それで、いまわが娘の三穂津姫をお前に娶あわせて妻とさせたい。八十万の神たちをひきつれて、永く皇孫のために守って欲しい。』と言った。
 神社の由緒によると、この故事から三穂津姫は縁結びの神、家内安全の神として信仰され、後に大物主命を合祀するようになって、大神神社の別宮と称せられる。

 672年の「壬申の乱」のとき、村屋神が神主に乗り移り、『わが社の中を敵が来る。社の「中つ道」を防げ』と大海人皇子方の大伴連吹負(ふけい)将軍に助言をした。当社は「中つ道」沿いに鎮座している。この功績によって神社として初めて位を天皇から賜った。
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  青いアイコンが村屋坐彌冨都比売神社で南北の青線が「中つ道」。
  当社の東側を初瀬川(大和川)が流れるが、元の社殿は対岸側にあった。
  2.5km東には景行天皇陵、その北には崇神天皇陵、南西には箸墓古墳がある。
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 その後も何度か位を賜り現在「正一位森屋大明神」の呼称が残っている。16世紀終わり頃に戦火に遭い社地を奪われ財源がなくなったが、1599年に52代神主大神(森本)政重によって現在の規模に縮小して再興した。

     一の鳥居
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     社頭
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     由緒書き
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   「中つ道」に面しているので道祖神(保食神)が祀られた。御幣が刻まれている。
   一般的には道祖神は猿田彦と天細女の二神を描くことが多い。
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     参道
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 参道右手に物部神社・市杵嶋姫神社(炊屋姫命、宇麻志摩遅命、物部守屋大連)の鳥居と祠が見える。神主(守屋氏)の祖神・物部守屋大連を祀ったといわれる。
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     手水舎
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     拝殿
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     本殿、向かって右が三穂津姫命(彌冨都比売命)で左が大物主命。
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 本殿の左に服部神社、服飾関係を司る。祭神は天之御中主命、天之御鉾命(機織の神)、誉田別命(応神天皇)。
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   久須須美神社(若宮恵比須神社)、
   祭神は天之久之比命(あめのくしひ、天目一箇命と同じか)と事代主命。
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 本殿の右に村屋神社(経津主神、武甕槌神、大伴健持大連、大伴室屋大連)、注連縄の向きが逆になっている。
 神社の由緒では大連の二神は壬申の乱に吉野軍の将として活躍したので天武天皇5年に合祀とある。しかし大伴健持は5世紀に活躍し、大伴室屋は5世紀後半に活躍した人だから時代が合わない。
 壬申の乱で活躍した大伴氏は大伴馬来田(まぐた)と吹負(ふけい)、御行(みゆき)と安麻呂で、吹負は将軍に任じられ大和を平定した。
 このように系図や伝承は混乱することがよくあります。
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 12月22日(月)は冬至です。
 冬至は一年で一番昼の時間が短い日です。あくる日からは昼の時間が徐々に長くなっていくので、古代では世界中で冬至の翌日を正月にしました。
 日本の古代でも冬至の翌日を正月にしていたと考えられます。
 2014年6月14日投稿の「ヨーロッパの夏至祭と冬至祭」をご覧ください。
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by enki-eden | 2014-12-11 00:08