古代史探訪

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呉音と漢音(漢字の音読みの種類)

 3世紀の中国は「魏、呉、蜀の三国時代」で、呉(222年-280年)は孫権(182年-252年)が江南の建業(南京)を都とした。4世紀から5世紀になっても東晋(317年-420年)の司馬睿(276年-322年)が建業を都とした。
 南北朝時代の宋(420年-478年)も劉裕(356年-422年)が建康(南京、建業を改名)を都とし、次に斉(479年-501年)の蕭道成(しょうどうせい、427年-482年)も、梁(502年-556年)の蕭衍(しょうえん、464年-549年)も建康を都とした。
 更に陳(557年-589年)の陳覇先(ちんはせん、503年-559年)も建康を都とした。宋、斉、梁、陳の4王朝を南北朝時代(420年-589年)の南朝と呼ぶ。

 北朝は北魏(鮮卑族、386年-534年)の拓跋珪(たくばつ けい、371年-409年)が386年に盛楽(内モンゴル)に都を置き、華北(黄河以北)をほぼ平定、398年に平城(山西省大同市)に都を移し皇帝に即位。
 その後、7代孝文帝が493年に都を洛陽に遷したが、534年に東魏と西魏に分裂、東魏は550年に北斉となるが577年に滅亡、西魏は556年に北周となるが581年に滅亡した。
 北魏は日本の15代応神天皇から27代安閑天皇の頃で、日本にも影響を与え、日本の仏像は北魏様式という説もある。国家体制も古代日本の模範となった。

 北周王朝外戚の楊堅(541年-604年、母は鮮卑族、父は漢族)が大興城(長安)を都として隋(581年-618年)を建国、589年に全国統一を果たした。楊堅は漢文化重視策を採った。
 北方遊牧騎馬民族の鮮卑族が建てた北魏は「鮮卑族と漢族の融合」を目指して漢化政策を推し進めていたが、同じ鮮卑族が隋を建国して中国を統一した。

 隋は日本にも積極的に交流を促し、33代推古天皇は600年に第1回遣隋使を派遣、607年に2回目遣隋使・小野妹子を派遣した。

 隋の2代皇帝煬帝(569年-618年)が悪政により重臣に殺された。3代皇帝楊侑から禅譲を受けて李淵(566年-635年、鮮卑系?)が618年に唐を建国、同じく長安に都した。
 日本も34代舒明天皇が630年に第1回遣唐使犬上御田鍬を派遣した。遣唐使は200年以上の間に17回ほど派遣され唐の文化、制度、仏教などを伝播したが、894年に菅原道真の進言で停止した。

 華北に定住し、長安を都にした遊牧騎馬民族である鮮卑族の発音が漢音で、その漢音は遣隋使・遣唐使や留学僧によって日本にもたらされた。
 呉音は漢音が伝わる前に日本で使われていた漢字の音読みです。

 41代持統天皇(645年-702年))は唐から音博士を招き、漢音の普及に努めた。
 50代桓武天皇(737年-806年)は遣唐使らの進言を取り入れ、それまで使っていた呉音を改め、漢音を正式の音読みとする漢音奨励の勅命を792年に出した。漢音の学習が奨励され、僧侶にも漢音の使用を推奨した。

 しかし、社会的に力のあった仏教会は250年以上も呉音に慣れ親しんでいたため、漢音の使用に反発しており、呉音が消滅することはなかった。
 人々が日常生活によく使う言葉や仏教会などでは、相変わらず呉音が使われ続けた。例えば、怨霊(おんりょう)、兄弟(きょうだい)、経文(きょうもん)、祇園(ぎおん)、境内(けいだい)、修行(しゅぎょう)、正体(しょうたい)、食堂(じきどう)、成就(じょうじゅ)、頭脳(ずのう)、世間(せけん)、殺生(せっしょう)、荘厳(そうごん)、灯明(とうみょう)、男女(なんにょ)、人間(にんげん)、文書(もんじょ)、金色(こんじき)、今昔(こんじゃく)などです。

 現在の中国では呉音が消滅し、漢音(北方民族の発音)に統一されているので、中国の呉音研究者は日本語に残された呉音を研究しています。

 呉音のマ行が漢音ではバ行になる。米(まい→べい)、馬(ま→ば)、万(まん→ばん)、美(み→び)、武(む→ぶ)、母(も→ぼ)、文・聞(もん→ぶん)などです。北方民族はマ行が発音しにくかった。
 日本語でもマ行がバ行になる場合があります。奈良県香芝(かし)市の地名は同地の鹿嶋(かし)神社からの由来と云われる。
 他にも、寒い(さい)が「さい」となることもあり、煙(けり)が「けり」となることもある。
 「寂しい(さしい)→さしい」があるが、これは逆にバ行からマ行への変化です。

 呉音のナ行は漢音のダ行になる。男(なん→だん)、泥(ねい→でい)、奴(ぬ→ど)。
 その他、呉音と漢音は多くの変化があります。

 漢音と呉音以外に、平安時代から鎌倉時代に宋(960年-1279年)から新たに入ってきた読み方は唐音(宋音)と呼ばれる。例えば、行脚(あんぎゃ)、椅子(いす)、和尚(おしょう)、炬燵(こたつ)、石灰(しっくい)、西瓜(すいか)、暖簾(のれん)、普請(ふしん)、末期(まつご)、明(みん)、鈴(りん)などです。

 このように日本では同じ漢字を何通りにも読む。それに加えて訓読みもある。姓名や地名になると更に特別な読み方がある。
 最近の新生児の名前は読めないのが多い。極端な例は「月」を「るな」と読む。これはイタリア語やスペイン語のluna(月)です。「詩」を「らら」と読む。これは英語のlullaby(ララバイ、子守唄)でしょう。
 「この状態は何とかせねば!」 と真剣に思うのは私だけではないでしょう・・・
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by enki-eden | 2015-01-22 00:12