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神社、遺跡めぐり   1943年生   印南神吉 (いんなみかんき)


by enki-eden
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事代主神

 事代主神は皇居の宮中三殿に祀られている。
 宮中三殿の中央は賢所(かしこどころ)で皇祖神天照大神(御霊代の八咫鏡で伊勢神宮のご神体の別御霊)を祀る。向かって左に皇霊殿(歴代天皇と皇族の御霊)、右に神殿(天神地祇)があり、皇室の祭祀が行われる。


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 「神殿」には天皇を守護する八神が祀られており、天神地祇の総ても共に祀られている。「八神」は神産日神、高御産日神、玉積産日神、生産日神、足産日神、大宮売神、御食津神、事代主神である。
 八神を祀る神殿を昔は「八神殿」としていたが、明治になって総ての天神地祇(八百万の神)も共に祀り、「神殿」となった。

 事代主神は辞代主神、八重事代主神、八重言代主神とも云う。託宣の神で、父は大国主神、母は神屋楯姫。
 事代主神が八尋熊鰐になって摂津の玉櫛姫(三島溝杭姫、鴨建角身命の娘)に通い、生まれた子は天日方奇日方命(三輪氏の祖)、姫蹈鞴五十鈴姫(初代神武天皇妃)、五十鈴依姫(2代綏靖天皇妃)。
 天日方奇日方命の娘が渟名底仲媛で3代安寧天皇妃となり、4代懿徳天皇を産む。

 出雲の国譲り(西暦200年頃)は大国主(160年頃出生)と沼河姫の子の建御名方が認めなかったので、建御名方は力づくで諏訪に封じ込められた。事代主が国譲りを承知したので、大国主も承諾した。
 出雲国風土記に建御名方の名はないが、大穴持命(大国主)と奴奈宣波比売(沼河姫)の子に御穂須須美命が記されているので、御穂須須美命が建御名方でしょうか。
 事代主神も母の神屋楯姫も出雲国風土記に記されていないので、出自は宗像か遠賀川地区でしょう。
 出雲の国譲りの「出雲」、「葦原の中つ国」は出雲国(島根県)ではなく、宗像国(筑前国宗像郡)から豊前国に至る出雲族支配地域のことかもしれない。

 大和国葛城では鴨族が事代主命を祀っている。奈良県御所市の鴨都波神社の祭神は積羽八重事代主命である。2012年12月19日の投稿記事をご覧ください。
 2014年12月20日投稿の「河俣神社」、2013年5月1日投稿の「長田神社」もご参照ください。

 島根県松江市美保関町の美保神社の祭神は三穂津姫命(左殿、高皇産霊神の娘で大国主神の妃)と事代主神(右殿)で、全国で事代主神を祀る神社の総本宮となっている。
 左殿は三穂津姫命なので千木は水平切り、右殿は事代主神なので垂直切りになっている。鰹木はどちらも3本です。これは男神・女神に関わらず出雲系神社の鰹木は出雲大社を始めとして3本が多いので、鰹木で性別は計れない。

 事代主神は釣りが好きだった。海人族なので釣りは趣味というよりも仕事だったのでしょう。漁業・海運の神である事代主神は「釣り好きのえびす神」であるが、「鳴り物」も好きだったので美保神社には楽器の奉納が多い。

 京都の八坂神社の境内社にも蛭子社(えびすしゃ、事代主神)があり、1月の蛭子社祭(祇園えびす)は大変な賑わいになります。

 また、事代主神は出雲の国譲りの後は美保関(島根県松江市)に引き篭もったが、朝に鶏が早く鳴きすぎて、あわてて船を漕ぎ出した事代主神は船の櫂を失い、足で漕いでいたところを鰐(ワニザメ)に噛まれて怪我をしたと云う伝承がある。
 それで事代主神は鶏が嫌いになったと云うが、朝寝坊だったので鶏の鳴き声がうるさかったのでしょう。

 熊の事代主がに足を噛まれると云うのは、古代人の言葉遊びだと思いますがねぇ・・・
 比良明神の猿田彦が比良夫貝に手を挟まれて溺れたというのも同じだと考えられます。現代でも大阪人は言葉遊びが好きですよ。関東人はあまり興味がなさそうです。
 言葉遊びは日本に限らず、シュメール、古代ギリシャ、ローマなど世界中にあったようです。ハワイやアフリカのスワヒリにまで。

 神仏習合の時代に金刀比羅宮(香川県仲多度郡琴平町)の大物主神とインドのクンピーラ神(金毘羅、こんぴら)が習合して航海安全の神・竜神として信仰された。
 クンピーラ神はガンジス川の鰐が神格化されたもので、鰐と云えば大物主神よりも事代主神の方が近いと思いますがねぇ。「ことひら」と「ことしろ」も発音が似ているし・・・

 えびすの神は七福神の一柱で右手に釣竿を持ち、左手に大きな鯛を抱えた姿がお馴染みですが、事代主神を祭神とする神社と蛭子命(ひるこのみこと)を祭神とする神社に分かれます。少彦名命を祭神とする神社もあります。

 海岸に流れ着く鯨やイルカなどの漂着物は多くの人々に利益をもたらすので、「寄り神」として信仰され、それを「えびす」と云った。
 そして日本書紀によると、「伊弉諾尊と伊弉冉尊の最初の子が蛭児(ひるこ)だったので、葦船に乗せて流した。次に淡洲(あわのしま、淡路島)を生んだ。」とあります。従って、淡路島から瀬戸内の本州側に流れ着く神を蛭子の神として祀った地域が多くあります。その代表が兵庫県西宮市の西宮神社です。
 全国的にも沿岸地域では寄り着く神が信仰され、えびすと蛭子が合わさってえびす信仰となっていった。
by enki-eden | 2015-03-31 00:10