古代史探訪

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針間国(はりまのくに)

 兵庫県南部において、13代成務天皇の時(4世紀中頃)に針間国、針間鴨国、赤石国(明石国)の3国が定められ、それぞれの国に首長(国造)を任じた。当地の南には幅4kmの明石海峡があり、潮流も早く、政治的、経済的、軍事的に瀬戸内航路の重要な立地にあった。

 645年の大化改新以降、針間国(飾磨郡・神崎郡・揖保郡・赤穂郡・佐用郡・宍粟郡)、針間鴨国(賀茂郡・多可郡)、明石国(明石郡・美嚢郡・加古郡・印南郡)の3国が統一されて針間国(播磨国)になった。
   金色が針間国、赤が針間鴨国、青が明石国。
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 針間(播磨)の地名由来は、神功皇后伝承によるもの、播磨の産物に針・釣り針があるからというもの、「墾(は)り浜」が由来というものなどがあり、はっきりしない。
 全国の播磨という地名を調べると、兵庫県加古郡播磨町、神戸市中央区播磨町、大阪市阿倍野区播磨町、広島県尾道市因島重井町播磨、三重県桑名市播磨、山形県鶴岡市播磨などがある。
 いずれも「海峡に面した土地」、「海岸に近い土地」、「川に挟まれた土地」、「山に挟まれた細い盆地」などになっている。針間(播磨)は「針のように狭い海」、「針のように細長い土地」という意味でしょうか。
 奈良市針町(はりちょう)も奈良市東部の山間の小盆地になっています。

 福岡県筑紫野市にも過去に「針磨」があったらしい。現在は筑紫野市針摺(はりすり)となっている。地形を見ると、東西から山が迫り狭くなっている。古代には海峡または川だったようだ。
 この針磨(針摺)の地名が3世紀でも使われていたのであれば、魏志倭人伝の倭国の地名「巴利(はり)国」が当地かもしれない。
 赤のアイコンが針摺、黄は菅原道真が山頂で自分の無実を祈って「天満大自在天神」となった天拝山(258m)。



 針摺(はりすり)の「する」を辞書で調べると、「こする」という意味で、摺る・磨る・摩る・擦る・刷る・掏る・擂るなどと表す。「磨る(する)」は「磨く(みがく)」・「研磨」という言葉で使われる。
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by enki-eden | 2016-02-01 07:28