古代史探訪

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生田神社の鳥居(神戸市中央区)

 生田神社は1995年の阪神・淡路大震災で拝殿が倒壊。石の鳥居も1917年(大正6年)に建てられ、神戸大空襲にも残ったが、この震災で倒壊した。

 伊勢神宮では20年ごとに式年遷宮が行われるので、古材は再利用され各神社などに譲られる。被災した生田神社には鳥居が贈られた。この鳥居は三重県亀山市の関宿に、神宮への参道を示す鳥居として設置されていたが、元は伊勢神宮内宮の本殿の棟持柱(むなもちばしら)だった。
 遷宮により、内宮正殿の棟持柱は宇治橋の神宮側鳥居となり、さらに亀山市関宿の東追分の鳥居となる習わしになっている。20年毎が3度で60年間使用されることになっている。
 東追分の鳥居は伊勢神宮を遥拝するためのもので、鳥居の近くには「これよりいせへ」、「外宮まで15里(60km)」と石標がある。

 伊勢神宮の棟持柱は1929年(昭和4年)に設置されたが、戦争中の伊勢神宮は空襲の標的にされた。しかし、この柱は被害を免れ、戦後の遷宮で内宮の参道口にある宇治橋の鳥居になり、1975年の遷宮で亀山市関宿へ移され、1995年で引退の予定だったが被災した生田神社へ運ばれ、神社正門の鳥居となった。
 それから20年が経過し、黒ずんで古くなったので昨年9月に役目を終えた。生田神社が「再び鳥居を譲り受けたい」と伊勢神宮に申請すると、再び亀山市関宿の鳥居を譲り受けることができた。

 新しく設置される鳥居も、すでに60年間使われているので、内部に鉄骨や樹脂を入れるなどの補強や、表面を削る化粧直しなどの作業をし、2015年9月の秋祭りで披露された。
 鳥居横には伊勢神宮内宮旧御正宮の鳥居として説明板があり、「第59回式年遷宮(昭和28年)御正宮棟持柱で使用された二本の柱は第60回(昭和48年)には宇治橋の鳥居として使用され、第61回(平成4年)には亀山市東追分関宿鳥居として建立されました。
 そして平成7年の阪神淡路大震災復興の特別なる計らいに続き再びこの度も伊勢の神宮より下賜されました。」とあります。

   正門の鳥居(第二鳥居)
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   拝殿
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 生田神社については2013年4月17日投稿の「生田神社」をご参照ください。この時の鳥居は古い方です。

 熊本地震が4月14日以降、熊本県と大分県で相次いで発生していますが、我が家も1995年の阪神淡路大震災で全壊し、大変苦労しました。
 しかし、その後の阪神地区は立派に復興し元の生活に戻っています。
 九州ではまだ余震が続いていますが、必ず立派に復興されることを心からお祈り申し上げます。
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by enki-eden | 2016-05-11 06:11