古代史探訪

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神皇産霊尊(かみむすひのみこと)

 今回の記事は私見ですから、神話と歴史を混ぜるなとおっしゃる方にはご容赦願いますね。
 神皇産霊尊は古事記では神産巣日神、出雲国風土記では神魂命(かむたまのみこと)で出雲の祖神(女神)と云われている。紀元前1世紀の天地開闢の時、天御中主尊(あめのみなかぬしのみこと)、高皇産霊尊(たかみむすひのみこと)の次に高天原に現れ、「造化三神」の一神となっている。
 また、造化三神に加えて可美葦牙彦舅尊(うましあしかびひこじのみこと)と天常立尊(あまのとこたちのみこと)の五柱の神を別天神(ことあまつかみ)と云う。
 古事記では少彦名神は神産巣日神の子であるが、日本書紀では高皇産霊尊の1,500人いる子の一人が少彦名命である。

 「古代豪族系図集覧」によると賀茂氏の系図は、神皇産霊尊→天神玉命(三嶋県主の祖)→天櫛玉命(鴨県主の祖)→鴨建角耳命(八咫烏、181年出生の神武天皇とほぼ同世代)となっており、賀茂氏祖神の神皇産霊尊は西暦135年頃出生の神(マレビト)です。
 賀茂氏祖神の神皇産霊尊は、紀元前1世紀の造化三神の神皇産霊尊と同じ名ですが別神で、同系統の180年ほど後の子孫でしょう。
 そして、賀茂氏祖神の神皇産霊尊が女神であれば高皇産霊尊(男神)とペアの可能性が高い。二柱の神は賀茂氏・忌部氏・紀氏・久米氏などの祖となる。
 天神玉命も天櫛玉命も西暦185年頃の饒速日尊の東遷に従い大和国に移住した。神武天皇と同世代の八咫烏(鴨建角耳命)は神武天皇一行を熊野山中で道案内して東遷を成功させた。

 神皇産霊尊は出雲の祖神とされる神魂命と同神であると云われている。出雲国風土記では神魂命の子は、支佐加比賣命、八尋鉾長依日子命、宇武加比賣命、天御鳥命、天津枳比佐可美高日古命、綾門日女命、真玉著玉之邑日女命となっている。
 風土記の楯縫郡の条で神魂命は「天の下造らしし大神(大穴持命)のために、柱を高く、板を厚く、十分に整った宮を造り奉れ」と命じ、天御鳥命を天降りさせた。
 大穴持命(大国主命)は西暦160年頃の出生ですから、この記事から神魂命(神皇産霊尊)は西暦140年頃の出生で、紀元前1世紀の神皇産霊尊とは時代も地域も違うので別神です。
 賀茂氏系図の神皇産霊神と出雲風土記の神魂命は同世代で同じ神でしょう。そして伊弉冉尊(いざなみのみこと)とも同じだと考えられます。
 また、佐太大神(猿田彦)の母は支佐加比賣命、祖母は神魂命であると風土記に記されている。

 神魂命は大国主命の災難を救った神として、また出雲大社本殿の客神として、そして出雲大社から徒歩5分の境外摂社の神魂伊能知奴志神社(かみむすびいのちぬしのかみのやしろ、命主神社)の祭神として祀られている。
 また、島根県松江市宍道町の高宮神社でも祀られている。松江市東生馬町の生馬神社(いくまじんじゃ)の主祭神は子の八尋鉾長依日子命で神皇産霊神も合祀されている。その他、鳥取県など全国の神社で祀られている。

 高皇産霊尊については2014年11月23日投稿の「高皇産霊尊」をご参照ください。
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by enki-eden | 2016-05-25 05:39