古代史探訪

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大山祇神(おおやまづみのかみ、大山積神)

 大山祇神は「山の神」の総本家として信仰されており、愛媛県の伊予国一宮・大山祇神社(大三島神社)が全国の大山祇神社、山神社、三島神社の総本社となっている。
 山の周辺に生活する人々の神であり、農民にとっては農業神として、山で働く人々には林業・炭焼・鉱山・鍛冶の神として崇められている。
 従って神徳は広く農業、林業、工業、商業、酒造、漁業などに及び、山の神の精霊を鎮めるための守護神として大山祇神が祀られている。大山祇神の后神(妃)は野椎神(のづちのかみ)である。

 大山祇神は九州の鉱山で働く人々の守護神ともなった。薩摩の隼人が営む鉱山周辺には大山祇神社が多い。薩摩には大山祇神の娘・木花咲耶姫の伝説も多い。
 戦前には全国の鉱山で大山祇神が祀られるようになり、大山祇神社は全国鉱山の総鎮守となった。統制経済のエネルギー政策、軍部、皇国史観の融合である。
 赤坂小梅の「炭坑節」をお聴きください。

 また、大山祇神には野椎神(妃)、木花咲耶姫(娘)、磐長姫(娘)なども合祀される場合がある。
 神功皇后が祀られている筑豊炭田地区などの神社では大山祇神が合祀されるようになった。

 伊予国風土記逸文によると、伊予国乎知郡(越智郡)御島に鎮座しておられる神は大山積神、またの名は「和多志の大神」である。この神は16代仁徳天皇の時代(5世紀初め)に現れ、百済の国から渡来して摂津国の御嶋に鎮座された。それから伊予国の御嶋(三嶋)に鎮座された、とある。
 摂津国御嶋は現在の大阪府高槻市で、高槻市三島江2-7-37に三島鴨神社が鎮座している。祭神は大山祇神と事代主神。
 大阪府茨木市五十鈴町9-21の溝咋神社(玉櫛媛命と媛踏鞴五十鈴媛)と関係が深い。

 また、大山祇神(和多志の大神)は漁業、航海の「海の神」として信仰されていた。大山祇神社(愛媛県今治市大三島町宮浦3327)の鎮座する大三島は瀬戸内海航路の重要拠点で、瀬戸内水軍・海賊(三島水軍、村上水軍、河野水軍など)に信仰され、武家の守護神・武神としても崇められた。
 日本総鎮守としての大山祇神社には多くの武具が奉納されており、国宝・重要文化財に指定されている。
 戦前の山本五十六長官に続き、現在でも海の神様として海上自衛隊、海上保安庁の幹部の参拝があるようです。

 大山祇神社の拝殿の注連縄は向かって左が本になっている。2012年12月17日投稿の「注連縄の向きが逆の神社」をご参照ください。

 軽巡洋艦「天龍」の艦内神社に大山祇神を勧請した。天龍は1919年11月20日就役、排水量3,230トン、定員337名。
 天龍は多くの戦績を残したが、1942年12月18日、パプアニューギニア付近でアメリカの潜水艦アルバコアの雷撃を受け損傷、沈没した。乗員は救出されたが21名ほどが戦死した。

 大山祇神の娘・木花咲耶姫(富士山の神)が瓊瓊杵尊と結婚、彦火火出見命を生んだ時に、大山祇神は酒を造り振る舞ったとされ、酒の神(酒解神、さかとけのかみ)としても信仰されている。
 木花咲耶姫の姉・磐長姫(いわながひめ)は浅間山の神で、神大市姫は素戔嗚命と結婚し、大歳神(饒速日)と倉稲魂(宇迦之御魂)を生んだ。
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 弘安の役(1281年)の時に、三島水軍を率いて越智氏・河野氏・真鍋氏が筑前大島に進発している。その所縁によるのか、大山祇神社の境外末社に厳島神社(市杵島姫命)が鎮座している。従って両社の繋がりは深く、宗像氏・越智氏(物部系)・賀茂氏は関係が深い。

 越智氏は新撰姓氏録によると、「左京 神別 天神 越智 直 神饒速日命五世孫伊香色雄命之後也」とある。

 伊豆国一宮の三嶋大社(静岡県三島市大宮町2-1-5)の祭神は大山祇神とされていたが、明治時代に本来の祭神は事代主神であることが判明した。現在では大山祇命と積羽八重事代主神の二柱の神を三嶋大明神として祀っている。関東武士の守護神として篤く信仰され、全国の三嶋神社の本社となっている。
 事代主命は「八尋熊鰐」となって摂津の三島溝杙姫(玉櫛媛)に通った。
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by enki-eden | 2016-09-05 00:41