古代史探訪

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男山八幡宮(姫路市)

兵庫県姫路市山野井町1-3 電079-291-1550 車は男山麓の水尾神社に止める。
姫路城北西500mの播州男山鎮座の厄神さん。
祭神 応神天皇、
   息長帯姫尊(神功皇后)、
   比売大神(多岐津姫尊、市杵島姫尊、多紀理姫尊)。
御神徳 厄除開運、武運長久、安産祈願。
2月18日~19日に厄神祭が執り行われる。



 大己貴命(おほなむち)は男山に鎮座。少彦名命(すくなひこな)は姫路城のある姫山に鎮座。この二柱の神が二つの山(妹背山)を造られた。
 おほなむち すくな御神(みかみ)の つくられし 妹背の山を 見るぞ嬉しき
                               柿本人麻呂

 冬至や正月の頃に標高57.5mの男山(雄徳山)山頂に立つと、日の出が姫路城付近から昇る。山頂は男山配水池公園になっており、姫路城がよく見える。
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 7代孝霊天皇(240年頃-285年頃)と絙某弟(はえいろど)との間に生まれた皇子・若彦建命(稚武彦命、吉備氏の遠祖)が姫路城のある姫山に居館し、周囲を治めた。
 その子・長彦男命は10代崇神天皇(250年頃-318年頃)の皇女・国方姫を娶り男山に居館。この地で没す。祠を建て長彦社と称し、この山を長彦山とも云う。麓の船場川を妹背川と云った。
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 当社は1345年に赤松貞範が姫山に姫路城を築く際に、京都の石清水八幡宮から勧請され、男山に祀られた。姫路城の鎮守社として歴代城主に信仰された。
 1617年に城主の池田光政が鳥取城に移り、本多忠政が姫路城主になる。本多城主は三の丸、西の丸などを増築する。
 1716年には姫路城主・榊原政邦が当社に新社殿を寄進し、御神鏡も奉納した。現社殿は1990年に再建された。
 昔から、姫路城の姫山に対して夫婦山である男山に当社が鎮座していることから、崇敬者は城主から庶民まで「男山厄神さん」と親しまれている。

   参道にある「幸運の蛙、三福かえる」
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   石の鳥居、姫路城主の榊原政邦が1716年に寄進。
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   鳥居の左右に飛躍神馬一対(阿吽になっている)。
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   拝殿
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   本殿と境内社(白龍神)
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   境内から500m南東の姫路城を望む。
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   山頂の配水池公園から階段で一直線に降りる。
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by enki-eden | 2016-10-15 00:50