古代史探訪

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角宮神社(すみのみやじんじゃ、長岡京市)

京都府長岡京市井ノ内南内畑35   車は鳥居前の公民館に停める。
祭神: 火雷神(ほのいかづちのかみ)、
    玉依姫命、
    建角身命、
    活目入彦五十狭茅尊(11代垂仁天皇)、
    春日神。

 式内名神大社「山城国乙訓郡(やましろのくにおとくにぐん) 乙訓坐火雷神社」の論社。
 山城国風土記逸文によると、賀茂建角身命の娘の玉依姫命が「瀬見の小川」で遊んでいると、火雷神が丹塗矢に化身して流れ寄り、玉依姫命が妊娠、賀茂別雷命が生まれた。
 丹塗矢はマレビトが姫に通うときの姿として表現されることがある。
 大山咋命と鴨玉依姫の子が賀茂別雷命であるので、火雷神は大山咋命のことか。
  素戔嗚命―大歳命(饒速日)―大山咋命―賀茂別雷命

 当社の6km北に松尾大社が鎮座、秦氏が大山咋命を祀っている。 2014年1月13日投稿の「松尾大社①」「松尾大社②」をご参照ください。

 松尾大社の社殿は夏至の日の出方向を向いている。その延長線上に比叡山(848m、青丸)があり、途中に下鴨神社(賀茂御祖神社、祭神は玉依姫命・賀茂建角身命、赤丸)が鎮座している。
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 26代継体天皇(531年崩御)が512年に当社を建立し火雷神を祀る。
 続日本紀の42代文武天皇(683年-707年)、大宝2年(702年)7月8日、「山背国乙訓郡にある火雷神は、雨乞いをする度に霊験がある。大幣(おおぬさ)と月次祭(つきなみさい)の幣帛(みてぐら)を奉ることにせよ。」とある。
 50代桓武天皇(737年-806年)が784年に長岡京を造り、玉依姫命、建角身命、活目入彦五十狭茅尊を合わせ祀り、角宮乙訓大明神とした。

 当社は向日山に「下ノ社」として鎮座していたが1221年の承久の乱で焼失し、1275年に向日神社(上ノ社)に合祀された。1484年に現在地に角宮神社として復興した。
 向日神社に預けられていた御神体は1883年に角宮神社に遷された。現在は長岡天満宮の宮司が角宮神社を兼務している。

  赤のアイコンが角宮神社、黄が向日神社、青が長岡天満宮。


   鳥居と社号標
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   長岡天満宮から遷された舞殿と、その前の磐座。
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   本殿、右に境内社の八幡宮(応神天皇)。
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  境内社、右から向日神社(鵜草葺不合尊)、稲荷社(倉稲魂命)、
  大神宮(天照皇太神)。
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by enki-eden | 2016-12-18 00:34