古代史探訪

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ベンガラ(弁柄、紅柄)

 酸化鉄の1つであるベンガラは、天然には赤鉄鉱として産出する酸化鉄であり、ベンガラの名はインドのベンガル地方で産出したことに由来する。オランダ語でBengala、英語ではRed Iron Oxide。
 このベンガラは赤色顔料で、人類が最初に使った赤色の無機顔料である。フランス南西部のラスコー洞窟やスペイン北部のアルタミラ洞窟での赤色壁画は約17,000年前に描かれた。

 日本では縄文時代に土器などに施した赤色彩色が、ベンガラを使用している。9,500年前の鹿児島県上野原遺跡の土器、6,000年前の福井県三方町の鳥浜遺跡の弁柄櫛、5,500年前の青森県三内丸山遺跡の土器、3,000年前の青森県亀ヶ岡遺跡の土器などにベンガラが使われている。
 福井県鳥浜遺跡の弁柄櫛は、素戔嗚命(西暦140年頃-200年頃)の妻となった奇稲田姫も同じような櫛を使っていたと考えられる。「福井県のホームページ」をご覧ください。

 素戔嗚は奇稲田姫を湯津爪櫛(ゆつつまぐし)に変えて髪に刺し、ヤマタノオロチを退治した。実際には奇稲田姫を櫛に変えたのではなく、奇稲田姫の使っていたベンガラ塗りの櫛を借りて髪に刺し、奇稲田姫の霊力・魔力・呪力をもらったと考えられる。
 伊弉諾尊(西暦125年頃-190年頃)の「黄泉の国」の段でも湯津爪櫛が出てくる。当時は男性も「みづら」に櫛を刺していた。

 古墳時代には、北部九州に多い装飾古墳でベンガラの赤い壁画が見られる。赤色は当時「魔除け」、「厄除け」、「再生(血の色)」などと信じられていた。
 奈良県高市郡明日香村の高松塚古墳(7世紀末)では、石室の内壁面に漆喰を塗り、その上に描かれた人物像には極彩色が用いられている。2種類の赤色が使い分けられており、女人像の赤い上衣はベンガラで、帯の赤は朱(水銀朱,HgS)で彩色されている。
 これらは、天然の鉱物からの無機顔料であったために、変色することなく現在まで鮮やかな色を維持している。

 日本では江戸時代にベンガル地方の顔料を輸入したので「べんがら」と名付けられた。京都ではベンガラ格子(紅柄格子、べにがらごうし)などの建材塗料にベンガラが使われた。耐候性、耐久性があり、落着いた色あいの特徴を活している。ベンガラは空気中で最も安定な酸化状態なので化学変化が起こりにくく、耐候性・耐久性に優れた顔料と言える。

 酸化鉄(Fe2O3)を多く含んだ土壌は黄色から赤褐色をしており、これを焼くと鮮やかな赤になる。日本では丹土(につち)と呼ばれ、古くから赤色顔料として使われた。
 江戸末期には緑礬(りょくばん、硫酸第一鉄の含水塩)を焼成して顔料用酸化鉄を作った。岡山県高梁市(たかはしし)成羽町(なりわちょう)吹屋(ふきや)のものが好まれ、「吹屋弁柄」は日本中に供給された。九谷焼、伊万里焼、有田焼などの赤絵にも使われた。神社の赤色塗装は、鮮やかな赤は鉛丹(四酸化三鉛、Pb3O4)の橙赤色で、少し茶色っぽい赤がベンガラである。

 現在では、湿式法によって高純度ベンガラが化学的に大量生産されている。合成酸化鉄赤は鉄の赤さびと同じで、硫酸鉄を高温で熱し、苛性ソーダで中和する。
 近代になって、軍艦などの船底塗料が大量に必要になり、生産の追いつかない吹屋弁柄は廃れていった。

 有機顔料(絵具)を使って描かれた赤色は、化学的には不安定で、時間が経つと共に変色・褪色していく。レオナルド・ダヴィンチ(1452年-1519年)の「モナリザ」の頬と唇は、絵具の赤色が約500年後の現在色褪せてしまっている。
 ©2012 INNAMI KANKI
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by enki-eden | 2018-01-16 09:57