古代史探訪

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奈良平城宮跡の東院(とういん)

 平城宮跡の東の端に「東院(とういん)」と呼ばれる張り出し部があり、その東院地区の中に皇太子の東宮(とうぐう)もあった。
 皇太子の居所は皇宮の東に設けられるので東宮(春宮)と呼ばれる。

 奈良文化財研究所の6月14日の発表によると、その平城宮跡の東院で、奈良時代後半の施設跡として、東西6m、南北15mの掘立柱建物跡が見つかった。その中に火を用いた調理場(かまど)も見つかった。
 当時は女帝の46代孝謙天皇(重祚して48代称徳天皇、718年-770年)の時代。
 孝謙天皇(称徳天皇)は45代聖武天皇(701年-756年)と光明皇后(701年-760年)の皇女で、東院に「東院玉殿」を建て、宴や儀式を催していた。

 東院地区では昨年、大型の井戸跡や水路跡が出土しており、今回見つかった調理場はその東側にあり、宴の食膳を準備するために施設を機能的に配した大規模な厨(くりや)だったと推測される。

 調理場は東西に並んで4カ所あり、火を用いた痕跡があり炭も堆積していた。南側でも同様の痕跡が見つかっており、奈良文化財研究所は火を使った調理場が広がっていたと考えている。

 調理場のある建物の西側には階段跡があり、これより低い位置にある大型の井戸と階段でつないでいたとみられる。

 平城宮大極殿の北側には「大膳職(だいぜんしき)」があり、東側には「造酒司(みきのつかさ)」井戸跡がある。
 造酒司は宮内省直属の役所で、平城宮で使用する酒の醸造を司っており、造酒司井戸の水を酒醸造用に使っていた。
©2012 Innami Kanki
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by enki-eden | 2018-06-15 15:00