古代史探訪

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淳仁天皇の淡路陵

 兵庫県南あわじ市賀集(かしゅう)岡ノ前
 47代淳仁天皇(じゅんにんてんのう、733年-765年)の淡路陵(あわじのみささぎ)。

 普段は町の中に住んでいても、自然に恵まれた地域を旅するのはいいですねぇ。この日(6月21日の夏至)の南あわじ市では「玉ネギ小屋」に玉ネギをいっぱい吊り下げて、水田には水を張り、既に田植えを終えている所もありました。
 昔、車で淡路島を一周したことを思い出しました。

 淳仁天皇は40代天武天皇(622年頃-686年)の孫で、父は天武天皇の第7子舎人親王(とねりしんのう、676年-735年)。
 淳仁天皇は758年に即位する前は大炊王(おおいおう)と呼ばれ、藤原仲麻呂(706年-764年、恵美押勝)の長男・真従(まより)の未亡人・粟田諸姉を妃とした。
 淳仁天皇は藤原仲麻呂と関係が深かった。

 760年に太師(太政大臣)となった藤原仲麻呂は、764年に孝謙上皇(46代孝謙天皇、718年-770年、女帝)に叛乱を起こし、失敗して殺害される。
 藤原仲麻呂と関係が深かった淳仁天皇は、孝謙上皇により皇位を追われ、廃帝となって母親の当麻山背(たいまのやましろ)と数人のお供だけで淡路島に配流された。

 孝謙上皇は重祚して皇位に復帰し、48代称徳天皇となって弓削道鏡(700年-772年)と共に政治を行った。
 淳仁天皇は765年に淡路島で崩御、暗殺されたか。
 称徳天皇陵は神功皇后陵の近くにあり、2013年4月8日投稿の「神功皇后陵」の中に載せています。 



  赤のアイコンが淳仁天皇淡路陵、黄が当麻山背の墓。


   淳仁天皇淡路陵
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 天皇陵の横にある畑の「玉ねぎ小屋」。玉ねぎは吊り下げると、乾燥・熟成して栄養価が高くなり、甘くなる。
 淡路島は「おのころ島」でもあるが、「玉ねぎ島」でもある。玉ねぎの産地としては、兵庫県は北海道、佐賀県に次いで全国3番目の収穫量がある。
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 淳仁天皇淡路陵の1km南に淳仁天皇の母の墓「当麻夫人墓」が見える。
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 122代明治天皇(1852年-1912年)は、廃帝となっていた淳仁天皇の名誉を回復し、明治6年に京都の白峯神宮(しらみねじんぐう)(2014年1月25日投稿)に淳仁天皇を祀った。
©2012 Innami Kanki
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by enki-eden | 2018-07-09 09:22