神野神社(かんのじんじゃ、丹波市)
兵庫県丹波市(たんばし)氷上町(ひかみちょう)御油(ごゆ)40-2
鳥居の向かいに駐車できます。
丹波国氷上郡の延喜式内社、加古川上流西の山裾に鎮座。
祭神 別雷命(わけいかづちのみこと)、
嵯峨天皇(52代天皇、786年-842年)。
元は、神野伊加許也姫神(かんのいかこやひめがみ)を祀っていた。
創建は59代宇多天皇(867年-931年)の時代の9世紀末頃。 氷上に滞在した左大臣源融(みなもとのとおる、822年-895年)が創建、賀茂別雷命と源融の父・嵯峨天皇を奉斎したと云う。
源融は紫式部(978年-1016年)の源氏物語の主人公・光源氏のモデルの一人と云われる。小倉百人一首には、源融が「河原左大臣」として歌が残っている。
陸奥(みちのく)の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れそめにし 我ならなくに
当社は1424年頃に円通寺に土地を譲り、450m北の現在地に遷座、賀茂野神社と称した。丹波市には賀茂神社が多い。
賀茂郡は全国にあるが、播磨国賀茂郡(小野市、加西市、加東市、西脇市、多可郡多可町)は丹波国氷上郡(丹波市)の西南に隣接しているので、氷上郡と同じように賀茂氏の支配・影響を受けて賀茂国となり、後に播磨国賀茂郡になったと考えています。
氷上郡は加古川上流にあり、氷上郡の地名由来は、加古川は古代には「氷川、日川」と呼ばれていたので、氷川の上流域にある地を「氷上」と呼んだと考えています。
加古川(氷川、日川)下流域の岡を「日岡、氷丘」と呼び、日岡神社、氷丘小学校、氷丘中学校もある。
当社の元の祭神・神伊可古夜日女(かむいかこやひめ)は丹波国神野の国神で、賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)に嫁ぎ、玉依比古命(たまよりひこのみこと)と玉依比売命を生む。
玉依比古命は賀茂県主(かものあがたぬし)となり、京都にある賀茂神社の社家となる。賀茂神社は賀茂別雷神社(上賀茂神社)と賀茂御祖神社(下鴨神社)の総称である。
玉依比売命は父の賀茂建角身命とともに「下鴨神社」に祀られている。玉依比売は男子を産むが、祖父の賀茂建角身命が男子に「汝の父と思う人に酒を注げ」と言ったところ男子は天に向かって昇天した。そこで賀茂建角身命は男子を賀茂別雷神と命名し、「上賀茂神社」に祀られている。
2013年1月2日投稿の「盟酒(うけいざけ)」をご参照ください。
賀茂建角身命を祖とする賀茂県主(賀茂氏・鴨氏)は山城国へ進出、丹波国にも進出した。当地丹波は京都賀茂神社の荘園となったので、盛大に祀られている。
和珥(わに)氏は大和春日から山城国へ進出、近江へと進出した。賀茂氏と和珥氏は皇室とも縁の深い海人族である。
鳥居と社号標、鳥居をくぐると山から流れる小川に石橋が架かっている。
鳥居の後方に大きなご神木の檜があり、樹齢500年、幹回り2.86m、高さ41m、市指定文化財。

本殿は兵庫県と氷上町の指定文化財、室町時代末期に建てられた。

本殿右に稲荷大神

印南神吉 メールはこちらへ nigihayahi7000@yahoo.co.jp

