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古代史探訪 enkieden.exblog.jp

神社、遺跡めぐり   1943年生   印南神吉 (いんなみかんき)


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デニソワ人

デニソワ人はシベリアやチベットで僅かな化石が見つかっている。ロシア・アルタイ地方(シベリア南西地域)の「デニソワ洞窟」に約41,000年前に住んでいたので、デニソワ人と名付けられた。

デニソワ洞窟(Denisova Cave、標高700m)は、ロシア、カザフスタン、モンゴルの国境が交わる辺りのロシア領山中にある。

現生人類の祖先は、デニソワ人と混血したことがDNA分析で分かっている。異人種の祖先同士が混血するのは普通のことだったようだ。 2015113日投稿の「人類とネアンデルタール人の混血」をご参照ください。

   

絶滅した旧人「デニソワ人」の姿を再現できたと、イスラエルのヘブライ大学の研究チームが919日付の米科学誌セル電子版に発表した。

顔の横幅が広いなど、同時代を生きていた現生人類やネアンデルタール人とは異なる特徴が56個あるという。

デニソワ人の化石は数万~十数万年前の指や歯、顎の一部が見つかっているだけだったが、ヘブライ大学のリラン・カルメル教授のチームは、化石から抽出したDNAを分析した。

「AFP通信の日本語ニュース」をご覧ください。

   

DNAの解析によると、80万年以上前に現生人類(ホモ・サピエンス)との共通祖先からネアンデルタール人・デニソワ人の祖先が分岐し、64万年前にネアンデルタール人とデニソワ人に分岐した。35万年前との説もある。

現在のメラネシア人(ソロモン諸島、ニューヘブリディーズ諸島、フィジー諸島、ニューカレドニア島など)にデニソワ人の遺伝子が継承されている。

中国南部に住む人々の遺伝子の一部がデニソワ人由来という。

ジョージ・ワシントン大学の古人類学者のブライアン・リッチモンドは、デニソワ洞窟で見つかった巨大臼歯からデニソワ人はがっしりした顎を持っており、体格はネアンデルタール人と同じか、それよりも大きいとみている。

2018年、ドイツのビビアン・スロン博士(古遺伝学者)は、2012年にデニソワ洞窟で発見された5万年前の10代の少女の化石をDNA鑑定した結果、母はネアンデルタール人、父はデニソワ人であったと科学誌「ネイチャー」で発表した。同じ時期にネアンデルタール人はユーラシア大陸の西側で、デニソワ人は東側で生存していたが、ネアンデルタール人が東方に移住して、デニソワ人や現生人類のアジア人祖先と出会ったのではないか。

そして、ネアンデルタール人もデニソワ人も4万年前に滅んだが、その遺伝子の一部が我々現代人にも継承されている。

日本人の遺伝子には、ネアンデルタール人とデニソワ人の遺伝子も残っているようである。読売新聞の「縄文人の姿遺伝子で再現」をご覧ください。

 

チベット高原の白石崖溶洞(甘粛省甘南チベット族自治州夏河県)は、旧石器時代の遺物が多く出土している。チベットの人々が昔から祈祷と病気療養のためにやってくる聖なる洞窟で、近くに住む僧侶が1980年に洞窟の中で2本の大きな歯が付いた人の顎(あご)を発見した。

中国の研究チームがそのタンパク質を抽出して調べたところ、16万年前のデニソワ人の下顎と判明した。

デニソワ人のDNAはアジア全域とメラネシアの現代人に広く継承されており、デニソワ人が広範囲に拡散していたことが分かる。

白石崖溶洞の標高は3,280mで、チベット人やネパール人はデニソワ人遺伝子を継承したことにより、高地適応力を持つことになった。

デニソワ人は、数十万年前にネアンデルタール人と分岐し、東方のアジアへ向かったと考えられている。ネアンデルタール人は、ヨーロッパと西アジアに広がった。

現生人類が最初にアフリカを出たのはおよそ20万年前のことだが、中東でネアンデルタール人と出会い、交配した。さらに一部は東へ向かい、アジアへ入ると、そこに住んでいたデニソワ人と交わった。それで、現代のアジア人のなかにデニソワ人のDNAが残されることになった。

印南神吉   メールはこちらへ  nigihayahi7000@yahoo.co.jp  


by enki-eden | 2019-09-30 09:56