失われたアーク(聖櫃)
『レイダース/失われたアーク(聖櫃)』は1981年のアメリカ映画で、アーク(聖櫃)はモーゼの十戒の石板を納めた「契約の箱」である。
3,250年ほど前、エジプトで虐げられていたイスラエルの人々を故郷のエルサレムに戻すためにモーゼが「出エジプト」を実行、その途中シナイ山(2,285m)で神の啓示により、十戒の書いた石板を授かった。
この石板と、モーゼの兄・アロンの杖と、マナを入れる金の壺が入った箱が、神とイスラエルの「契約の箱」である。石板にはイスラエルの民が守るべき10項目の戒律が彫られている。
「契約の箱」はアカシアの木で作られ、幅と高さがそれぞれ80cm、長さ130cm、地面に直接触れないよう、箱の下四隅に脚が付いている。持ち運ぶ時は固定された2本の棒を持って4人で担ぐ。
全てが純金で覆われており、箱の蓋には金製のケルビム(天使像)一対が翼を広げて向かい合っている。
イスラエルの民はエルサレムに戻り、アブラハムの14代目のダビデが王となり、その子ソロモン王(BC1,000年頃-BC932年)がエルサレムに神殿を造った。「契約の箱」は神殿の至聖所に安置された。ソロモン王とエチオピアの女王シバの息子メネリクがソロモン朝エチオピアを建国する。
2枚の石板に彫られた十戒
わたしはあなたの神、主であって、わたしのほかに、なにものをも神としてはならない。
刻んだ像を造ってはならない。
神、主の名をみだりに唱えてはならない。
安息日を覚えて、これを聖とせよ。
あなたの父と母を敬え。
殺してはならない。
姦淫してはならない。
盗んではならない。
隣人について偽証してはならない。
隣人の家をむさぼってはならない。
栄華を極めたイスラエル王国の12族も、ソロモン王の死後BC922年に南北に分裂、北のイスラエル王国(10族)と南のユダ王国(2族)に分かれた。
サマリアを首都としたイスラエル王国はBC722年にアッシリアのサルゴン2世(BC765年-BC705年)により滅亡、10族はヨーロッパにアシュケナジー系ユダヤ人として離散していった。
エルサレムを首都としたユダ王国(ユダ族とベニヤミン族)もBC586年にバビロニアに滅ぼされ、ソロモン王が築いたエルサレム神殿は破壊された。ユダ族とベニヤミン族の王族・貴族はバビロン捕囚としてバビロニアに連行された。BC538年までの48年間バビロン捕囚が続き、この時期にユダヤ教が確立された。
開放されたユダヤ人はセファラディ系ユダヤ人として、北アフリカ・ヨーロッパなどに離散する。
このような逆境の歴史の中で、国家を失ったユダヤ人は強くなり、ナチスによる迫害にも耐えて民族・宗教を守り、しぶとく生き抜いてきた。中にはユダヤ教を捨てた人もいたが・・・
それに比べると、島国で平穏に暮らしてきた日本人は、一度太平洋戦争に敗けただけで自信・国家意識・国民意識を無くしてしまったと在日ユダヤ人が言うのを聞いたことがある。
そして、戦前の「皇国史観」により民族の歴史(古代史)が歪曲され、その反動で戦後の「戦後史学」により古代史は抹消されてしまった。日本の古代史を正しく編纂し直すことが重要だと考えています。
バビロニアに攻撃され、エルサレム神殿が破壊されて「契約の箱」は紛失したが、エルサレム神殿の地下に隠されているとか、エチオピアにあるとか、或いは日本にあるとか言われている。また、既に発見されていると云う情報もある。キリストが十字架にかけられた「ゴルゴタの丘」の地下で発見したと云う。
契約の箱は、神とイスラエルの民の「旧約の時代」に有効なもので、神が人類にキリストを授けた「新約の時代」には有効性はないとも云われる。現代まで「旧約の時代」を生き続けているユダヤ人には受け入れられない説である。イスラエル政府は聖櫃を真剣に探し求めている。もう既に見つかっているかもしれない。
私は神社の神輿を見ると、いつも契約の箱との繋がりを思い出す。神輿の上の金の鳳凰は、昔の日本人がケルビムを見て真似たように感じる。
神輿を担ぐときの掛け声もヘブライ語と共通しており、日本語とヘブライ語は3,000語も共通語があるようだ。日本列島にペルシャ人が渡来したが、その中にユダヤ人もいたのか。
ペルシャ(イラン)が新バビロニア(イラク)をBC536年に滅ぼし、バビロン捕囚のユダヤ人が解放された。そのペルシャもBC330年に、ギリシャのマケドニア王国のアレキサンダー大王(BC356年-BC323年)に滅ばされた。
バビロン捕囚から解放されたユダヤ人でエルサレムに帰らずペルシャに留まっていた人々がいる。有名な預言者ダニエルもペルシャに残り、ペルシャで埋葬されたが、ティムール(1336年-1405年)がイラン遠征時にダニエルの墓から遺骸を取り出し、ウズベキスタンのサマルカンドに持ち帰ってダニエル廟を建てた。ダニエル廟の3.5km南西にティムールのグーリ・アミール廟(王の墓)がある。
ペルシャの滅亡により、ユダヤ人はペルシャ人と共に各地に離散した。離散したペルシャ人とユダヤ人が中国に来て、数百年後に日本までやって来たと考えられる。
契約の箱が日本にあると云う場所は、徳島県の剣山(つるぎさん、1955m)と兵庫県の六甲山(932m)である。どちらの山も山頂付近は磐座が多い。六甲山上には六甲比咩神社があり、磐座をご神体としている。
剣山と六甲山を結ぶ線上に兵庫県淡路市多賀の伊弉諾神宮が鎮座している。

伊弉諾尊(125年頃-190年頃)とユダヤ人は関係があるかもしれない。「伊弉諾神宮」をご参照ください。
印南神吉 メールはこちらへ nigihayahi7000@yahoo.co.jp

