鍬山神社(くわやまじんじゃ、亀岡市)
京都府亀岡市上矢田町上垣内(かみやだちょう かみがいち)22-2
電0771-22-1023 駐車場あります。
丹波国桑田郡に鎮座の式内社。 丹波開発神、医療、縁結び。
和銅2年(709年)創建。
祭神
鍬山宮に大己貴命(おおなむちのみこと、大国主命)、
創建の和銅2年(709年)から祀られている。
八幡宮に誉田別尊(ほんだわけのみこと、15代応神天皇)、
永万元年(1165年)に客神となる。
亀岡市は、京都市、宇治市に次ぐ京都府第3位の市(人口88,000人)で、旧丹波国の中心地であった。
当社は、出雲大神宮の真南7.5kmにあり、東経135°34′に鎮座している。
面降山(めんこうやま、天岡山、341m)の東麓に鎮座、周辺には多くの古代遺跡がある。
亀岡盆地は、奈良盆地と同じで太古は湖(丹の湖)であったが、祭神の大己貴命(大国主命、120年頃-220年頃)が国造りとして保津峡を開削して水を山城国方向に流し、盆地が出現した。
当社は、「開削に使った鍬を当地に山積みした」という伝説に基づく社名になっており、当初は現在地の北西麓にある天岡山医王谷(いおうだに)に鎮座していた。
永万元年(1165年)に誉田八幡(応神天皇、363年-403年)が能面を持って天岡山に現れたので面降山と称するようになり、鍬山神社に八幡宮を合祀した。
慶長14年(1609年)、亀山城主の岡部長盛(ながもり、1568年-1632年)が天岡山の東の現在地矢田郷に社殿を造営して遷したので「矢田社」とも云う。
本殿と八幡宮が同じ形式で建てられており、両宮とも京都府登録文化財に登録されている。境内は、紅葉の名所でもある。
10月に行われる例祭の「亀岡祭」は、亀岡市内までの神幸を行う伝統的な祭りで、古い土地の祭神を母体としながら、亀山藩主などの祀る祭神をも合わせた祭礼となっており、藩主と領民との和合を図り、亀山藩の保護による町衆の祭りとして執り行われてきたと云う。
京都八坂神社の祇園祭に刺激を受け、亀岡祭の11基による山鉾行事は、祇園祭に迫るほどの豪華さになっている。
亀岡祭は「丹波の祇園祭」と呼ばれ、京都府と亀岡市の無形民俗文化財に指定されている。
石の鳥居と社号標

境内の道向かいに宮司宅。 宮司は天岡秀雄氏、天岡山と同じ名前。

赤い二の鳥居、後方が面降山(天岡山)。

境内を小川が流れているので太鼓橋を渡る。

拝殿は、鍬山宮と八幡宮の二宮共用。

本殿、向かって右が八幡宮、左が鍬山宮。 文政11年(1828年)建立。
権現造、桧皮葺の社殿は東向きに建っている。




鍬山神と八幡神は不仲であると云うので、間に池が設けられ、両神が争わないようにしている。

境内社の厳島神社(市杵島姫神)。

社殿後方の面降山に石の鳥居があり、禁足地になっている。


境内社、
右の小さい社は稲荷神社(倉稲魂神・商売繁盛の神)と
疱瘡神社(ほうそうじんじゃ、大国主命・医療の神)。
左の大きな社は、熊野神社(豊宇氣大神・伊弉諾尊・天児屋根命)、
日吉神社(ひえじんじゃ、大山咋神)、高樹神社(山雷大神、やまいかづちのおおかみ)、
樫船神社(猿田彦命)、金山神社(金山姫命)。

右は天満宮(菅原大神)、左は愛宕神社(火産霊神、ほむすびのかみ)

道祖神の百太夫神社(豊磐間戸命、櫛磐間戸命、猿田彦命)

解藤泉と奥に毘沙門天。

印南神吉 メールはこちらへ nigihayahi7000@yahoo.co.jp

