北海道のペトログリフ
ペトログリフは「岩に刻まれた彫刻」で、世界中に存在し、古代の様子を想像できる。古代人の美的センスを知ることもできる。
ペトログラフ(岩に描かれた絵)とは少し異なるが、混同されることがある。
遠く離れた地域で発見されたペトログリフやペトログラフが共通していると、人々の移動・移住によるものと考えられる。
ペトログリフやペトログラフの地域間の共通性を調べると、古代の日本とシュメール・ユダヤ・スコットランドなどとの関連性が分かるのではないか。
関連性がないにも関わらず図柄に共通性があるのなら、人類が共有する基本的で本能的な能力が発揮されているのかもしれない。
日本では、北海道余市郡(よいちぐん)余市町のフゴッペ洞窟、小樽市の手宮洞窟保存館、岐阜県恵那市(えなし)の笠置山、広島県廿日市市宮島町の弥山(みせん)、山口県下関市彦島の杉田丘陵、北九州市の淡島神社、熊本県上益城郡(かみましきぐん)山都町(やまとちょう)の幣立神宮(へいたてじんぐう)などにペトログリフやペトログラフがある。
北海道余市郡余市町(よいちちょう)栄町(さかえまち)の「フゴッペ洞窟」は、海水浴に来た中学生が1950年に発見し、国指定史跡になっている。
「フゴッペ」は栄町の旧村名で、アイヌ語の「フムコイペ(波声高い所)」が由来と云う。フゴッペ洞窟は続縄文時代(紀元前3世紀から紀元後7世紀)の遺跡で、洞窟内に刻画がたくさん残っている。
フゴッペ洞窟の地図の左にある「拡大地図を表示」をクリックすると、左側に写真が出るので、写真をクリックすると多くの写真を見ることができます。
私には古代文字(神代文字)やシャーマンなどに見えますが・・・
或いは、弥生時代の銅鐸の図柄と共通性や連続性があるのかもしれない。シュメールの円筒印章(シリンダーシール、4600年前)に似ていると云う人もいるが、「縄文人とシュメール人」が繋がっているのかもしれない。
「インダス川から縄文時代の日本列島に」と「メソポタミアのウバイド人」をご参照ください。
フゴッペ洞窟南東1kmにある「西崎山環状列石(ストーンサークル)」は、北海道指定史跡で、3500年前の墳墓と考えられているが、日時計として夏至や冬至を知るための遺跡かもしれない。
西崎山環状列石地図、多くの写真を見ることができます。
余市には、ニッカウヰスキーの余市蒸留所がある。竹鶴政孝(1894年-1979年)が本格的なスコッチウィスキーを製造し、日本のウィスキーの父と呼ばれた。
竹鶴政孝がスコットランドのグラスゴー大学に留学中、医師の娘・リタ(1896年-1961年)と出逢い、結婚した。
フゴッペ洞窟東3kmの小樽市忍路(おしょろ)にある忍路環状列石(国指定史跡)と地鎮山(じちんやま)環状列石(北海道指定史跡)は3500年前の墳墓だと考えられている。
余市町から忍路の周辺には80基以上の環状列石があり、忍路環状列石が最も大きい。
忍路(おしょろ)はアイヌ語のウショロ(入り江・湾)に由来し、近くの忍路湾に忍路漁港がある。
忍路環状列石地図、多くの写真を見ることができます。
地鎮山環状列石地図
小樽市手宮の手宮洞窟保存館、国指定史跡。
1600年前の続縄文時代の洞窟壁面彫刻。1866年に石工が石材を探しているときに発見した。
フゴッペ洞窟と同じく古代文字(神代文字)やシャーマンの彫刻ではないか。
北海道のペトログリフは縄文人の遺跡であるが、縄文人のY-DNAにはD系とC系があり、この遺跡の縄文人はD1とD2系の頻度が多い縄文人ではなく、C1a、C3a、C3c系の頻度が多い縄文人が残したものかもしれない。
現代日本人におけるD系の頻度は36.2%だが、C系の頻度は7.1%になっている。どちらも縄文人由来の遺伝子だが、D系は南方から海路で列島に渡来し、全土に拡散した。C系は北方のシベリアから列島に渡来し、全土に拡散したと考えられる。D系とC系が交わり、縄文人となった。
縄文人の遺伝子をそのまま引き継ぐアイヌ人の遺伝子頻度は、南方由来のD2系が85%、北方(シベリア)由来のC3c系が15%となっている。アイヌ人には弥生系遺伝子は入っていない。
「古代史とDNA」をご参照ください。但し、10年前の投稿ですから、その後の研究の進歩により数値や呼称の仕方は当時と少し変わっています。
印南神吉 メールはこちらへ nigihayahi7000@yahoo.co.jp

