左右非対称の美意識
神社を守っている狛犬(こまいぬ)は、向かって右が口を開けた阿形(あぎょう)、左は口を閉じた吽形(うんぎょう)で、「左右非対称(asymmetry)」の阿吽(あうん)像になっている。
しかも左右は雄と雌の一対になっており、どちらを雄にするかは神社によって違う。狛犬をよく観察すると雌雄の別が分かるが、分からない場合も多い。
狛犬の原形はオリエントのライオン(獅子)像で、エジプトではスフィンクス、シュメールやペルシャなどの神殿では守護神像として造られた。
日本に狛犬が伝来した初期の時代には、左右の形に違いはなく、唐の獅子像であった。
平安時代には、向かって右が阿形(あぎょう)の獅子で、左は吽形(うんぎょう)の角がある狛犬に変化していった。日本人の左右非対称の美意識が発揮されたと考えられるが、仁王像と同じく狛犬も日本の仏教的な価値観に関わる美意識だと云う人もいる。
今の狛犬は左右どちらも獅子が多く、角のある狛犬はかなり少ない。
阿吽(あうん)の「阿」は、サンスクリット語の最初の音で、口を開けて発音する。「吽」は最後の音で、口を閉じて発音する。
阿吽は仏教の教えとして、世界・宇宙の「始まりと終わり」を象徴している。西暦804年に遣唐使船に乗って唐に渡った空海(774年-835年)が、サンスクリット語(梵語)を漢字表記した仏典を805年に唐から持ち帰って真言密教を広めた。
空海と同時に唐に渡った最澄(767年-822年)は天台宗と密教を伝授され、多くの仏典を持ち帰った。
仮名文字の五十音順(あかさたなはまやらわん)は、梵字の音順通りに、最初が「ア」から始まって、最後が「ン」になるように構成されている。これは僧侶が仏典に読み仮名をつけたことと関係があると云う。
エジプトのクフ王のピラミッドを守るギザの大スフィンクスは一体しかないので、もう一体は破壊されてなくなったのでしょうか?
中国の獅子像は左右どちらも口を開けている。
狛犬や仁王像が左右非対称の阿吽(あうん)像になっているのは日本だけではないか・・・
日本人の美意識では「左右非対称」を好むので、京都御所では「左近の桜、右近の橘」、神社の狛犬や寺院の仁王像は、向かって右が口を開け、左が閉じている阿吽(あうん)像として表現されている。
寺院の伽藍形式も、最初に建立された官寺の四天王寺(してんのうじ、大阪市天王寺区四天王寺)は「左右対称(四天王寺式伽藍)」で南北に一直線に並んでいるが、それ以降に建立された寺院の伽藍は非対称に配置されている。
伽藍が左右対称(symmetry)の四天王寺は、南大門から入ると次は「中門(仁王門)」があり、左右に仁王像を祀っている。
向かって右の仁王像は阿形(赤色)、左の仁王像は吽形(青色)で、「左右非対称」になっている。現在の中門(仁王門)は戦後の再建(昭和38年)だが、創建当時はどうなっていたのでしょう。
四天王寺は聖徳太子(574年-622年)が33代推古天皇元年(593年、飛鳥時代)に創建。創建当時には仁王像がなく、後世に仁王像が献納されたから左右非対称になったのでしょう。
四天王寺の地図
仁王像が45代聖武天皇(701年-756年)の天平時代から造られたのであれば、左右非対称になっているのが納得できる。
仁王像を祀るアイディアは遣唐使が持ち帰り、日本でアレンジして左右非対称の仁王像を造ったのでしょう。
「左右非対称の美意識」は、縄文土器、弥生土器、須恵器、陶磁器にも連綿と受け継がれている。
ヨーロッパの庭園は整然とした対称性で造られているが、日本の庭園は自然を活かし、非対称に造られている。
日本人は「非対称のバランス」をとるのに長けているのではないか。能舞台の左手から奥に延びる「橋掛かり」も舞台の非対称性を表している。
これも縄文人由来の技術の高さ、民度の高さと共に「美意識の素晴らしさ」だと私は感じています。
印南神吉 メールはこちらへ nigihayahi7000@yahoo.co.jp

