三木露風生家(たつの市)
兵庫県たつの市龍野町(たつのちょう)上霞城(かみかじょう)101-3
明治時代初めに建築された平屋建てで、「離れ」も残っている。
童謡「赤とんぼ」の作詞家三木露風(三木操、1889年-1964年)は、明治28年(1895年)の6才まで生家で育ったが、
父・節次郎と母・かたの離婚後は祖父・制(すさむ)の家で養育された。



三木露風の4才と32才の写真。

三木露風旧邸跡(祖父宅)、たつの市龍野町(たつのちょう)中霞城(なかかじょう)。
三木露風旧邸は祖父宅であり、ここから龍野尋常小学校、伊水高等小学校、県立龍野中学校に通った。


露風が7才の時に父母が離婚し、祖父の制(すさむ、1834年-1911年)に養育されている。祖父の制(すさむ)は
江戸時代には龍野藩主の脇坂家の家扶(執事)を勤め、幕末には寺社奉行を勤め、明治になると銀行頭取となり、
その後は龍野町初代町長に就任した。
露風は明治37年(1904年)の15才の時に岡山県の私立中学閑谷黌(しずたにこう)に転校するまで、祖父宅で過ごした。
元藩主脇坂家旧宅

露風作詞の童謡「赤とんぼ」は今でも愛唱されている。
赤とんぼの歌碑。 たつの市のイメージキャラクターは「赤とんぼくん」。


歌碑の右横に三木露風像。

露風は明治42年(1909年)に詩集「廃園」などを刊行し、この時代は北原白秋(1885年-1942年)と共に「白露時代」と呼ばれた。
三木露風は晩年に東京都三鷹市に住んでいる。国木田独法(1871年-1908年)も三木家と遠縁の親戚のようだ。
龍野城
たつの市龍野町上霞城128-1
龍野城は赤松村秀(1493年-1540年)が鶏籠山山頂に山城(朝霞城)を1499年に築いたが、4代後の天正5年(1577年)に豊臣秀吉(1537年-1598年)に城を明け渡した。
その後、現在地の山麓に平山城(霞城)が築城され、寛文12年(1672年)に信州飯田から脇坂安政(1633年-1694年)が入った。





霞城館(かじょうかん)
たつの市龍野町上霞城30の文学館。
たつの市出身の三木露風(1889年-1964年)、内海信之(1884年-1968年)、矢野勘治(1880年-1961年)、
三木清(1897年-1945年)らの顕彰のために設立された。

矢野勘治記念館(矢野勘治の旧宅)を併設。

家老門


印南神吉 メールはこちらへ nigihayahi7000@yahoo.co.jp

