井関三神社(いせきさんじんじゃ、たつの市)
兵庫県たつの市揖西町(いっさいちょう)中垣内(なかがいち)甲(かぶと)799-1
電0791-66-0402 駐車場は境内の前にあります。
式内天照神社
祭神 天照国照彦火明櫛玉饒速日命(あまてるくにてるひこほあかりくしたまにぎはやひのみこと)、
瀬織津姫命(せおりつひめのみこと)、
建御名方命(たけみなかたのみこと)。
明治45年(1912年)に神饌幣帛料供進指定神社となる。
井関三社大明神とも称しており三柱の大明神は、
井関大明神(天照国照彦火明櫛玉饒速日大神)、
八瀬大明神(瀬織津姫大神)、
諏訪大明神(建御名方大神)。
創建は、10代崇神天皇2年(295年)に播磨国揖保郡亀山(きのやま、458m)に「天照国照彦火明櫛玉饒速日命」が降臨し、天照神社(あまてるじんじゃ)として創祀。
鎌倉時代に赤松氏が武甕槌神(たけみかづちのかみ)を勧請して合祀した。
武甕槌神と経津主神(ふつぬしのかみ)は西暦201年に、大国主神に北部九州の出雲族支配地(葦原中津国)を譲るよう強制した。この時に反抗して戦って負けたのが大国主神と沼川姫の子である建御名方神(たけみなかたのかみ)であった。
当社は天照国照彦火明櫛玉饒速日命を亀山から現在地に遷し、井関神社と称した。
元の亀山には引き続き武甕槌神(たけみかづちのかみ)を祀り、井関神社の奥宮とした。
弘治元年(1555年)に、中垣内村の大庄屋で山城国八瀬郷(京都市左京区八瀬、比叡山の西麓)出自の八瀬(やせ)氏が氏神の瀬織津姫命を山城国八瀬郷より勧請し合祀した。
八瀬家住宅(揖西町中垣内甲296)は現在も保存されており、市指定文化財になっている。


寛文12年(1672年)に龍野城主脇坂安政(1633年-1694年)が前任地の信濃国飯田の氏神諏訪神社より建御名方命(たけみなかたのみこと)を勧請し合祀した。
偽書と言われる「ホツマツタヱ」によると、祭神の天照国照彦火明櫛玉饒速日命と瀬織津姫命は夫婦になっている。
石の鳥居

参道は車が入れないので、迂回する。

中垣内川を渡ると社号標と奥に絵馬殿が見える。


絵馬殿、両部額に「三社大明神」とある。


階段を上ると拝殿と幣殿(社殿は冬至の日の出方向を向いている)。
扁額には「井関三神社」とある。

本殿

境内社
天満神社(菅原道真公)。

荒神社(須盞之男命)。

稲荷神社(宇気持神、うけもちのかみ)。

金刀比羅宮(大物主命と崇徳院)。

大物主命は大国主命の和魂(にぎみたま)とされている。
崇徳院は75代崇徳天皇(すとくてんのう、1119年-1164年)で、1156年に保元の乱で弟の77代後白河天皇(1127年-1192年)に敗れ、讃岐国に配流され、讃岐で崩御。
「白峰神宮」をご参照ください。
奥宮遙拝所。

3km北の亀山(きのやま)に境外摂社の奥宮神社(武甕槌神)が鎮座。
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「粒坐天照神社(いいぼにますあまてるじんじゃ)」をご参照ください。
自宅近所の花壇に春の花が綺麗に咲いています。


印南神吉 メールはこちらへ nigihayahi7000@yahoo.co.jp

