小宅神社(おやけじんじゃ、たつの市)
兵庫県たつの市龍野町宮脇287 電0791-63-0059 境内に車を停められる。
揖保郡小宅之里に鎮座、明治以前は「八幡宮」と称していた。
祭神 品陀和氣尊(15代応神天皇)、
息長帯姫尊(神功皇后)。
明治元年(1868年)に八幡宮を小宅神社(おやけじんじゃ)に改称した。
神功皇后(321年-389年)が西暦363年の新羅遠征から帰還途中に萩原の里(揖保川下流域)に停泊すると、当地周辺の里長(さとおさ)で秦氏一族の小宅秦之が、応神天皇異母兄の香坂王(かごさかのみこ)と忍熊王(おしくまのみこ)が謀反を企んでいると神功皇后に報告した。
神功皇后は小宅秦之に楕円形の美しい自然石を賜ったので、小宅秦之は神功皇后崩御の後この奇石を神功皇后の霊代として祀った。現在でも当社に祀られている。
41代持統天皇庚寅4年(690年)に小宅秦之の子孫・川原若狭智麻呂が里長(さとおさ)に任ぜられ、里名が漢部之里から「小宅之里」と改名された。その時に当社の社殿を造営したと云う。
播磨国西部には当地揖保郡と赤穂郡に秦氏の痕跡が残っている。「大避神社」をご参照ください。播磨国西隣りの備前国と美作国にも痕跡が残っている。
石の鳥居と社号標、長い参道が100mほど続く。

随神門

随神門横にご神木。

絵馬殿と拝殿。

絵馬殿、拝殿、幣殿、本殿。



境内社


上の写真の右が、霊神社(れいじんじゃ、四位少将水尾民部橘朝臣以豊守神霊)、
橘朝臣以豊は京都上賀茂神社の社家で当社の祠官として奉職した。
素戔嗚尊、保食神、大歳神、五十猛尊、国常立神、少名彦命を合祀。
中央が、三神社(天照皇大神、天児屋根尊、猿田彦尊)。
左が、保食神社(うけもちじんじゃ、保食神)。
霊神社の右に「白姫龍王」。
「白姫龍神」と同じであれば白山比咩(菊理媛)になるが・・・

印南神吉 メールはこちらへ nigihayahi7000@yahoo.co.jp

